ID-L232 メカノケミストリとは
 
 潤滑用語集(日本潤滑学会編集)にて調べてみると次のように説明されています。
 
 「固体物質に加えた機械的エネルギー、例えば衝撃、摩砕、圧延、引張り、加圧などによって固体表面が物理化学的性質の変化をきたし、その周辺に存在する気相、液相または固相に化学変化をもたらすか、またはそれらの各相と固体表面との界面で直接両者間の化学変化を誘起したり、あるいは促進するなど化学的に影響を及ぼす現象を言う。」
 
 もう少し具体的に固体表面の観点から説明すると以下のようになります。
 
 実際の固体面は、清浄面の上にコンタミネーションと言われるさまざまな被膜(酸化被膜)が付着しています。このような色々なコンタミネーションが付着している固体の表面は、清浄面に比べると当然ながら活性に富んでいません。つまり清浄でない一般の表面は、清浄面に比べると化学的にも安定な状態にあると考えられます。色々なコンタミネーションに覆われた固体面に前述のような衝撃・摩砕・圧延・引張り・加圧といったような機械的操作を加えると、コンタミネーションが剥離して、固体の清浄面(新生面)が露出します。
 
 この新生面は、それ自体非常に活性に富んでいますが、このようなプロセスにおいて、固体の表面あるいは固体の内部における結晶格子の欠陥や歪などを増加させます。その結果固体の表面は化学的に活性を増し、化学的変質を生じます。 これがいわゆるメカノケミストリと言われる現象です。
 
 例えば、応力腐食割れという現象は主に合金で発生する現象ですが、外部から加えられた応力や、溶接、冷間加工などに基づく残留応力や熱応力などにより、本来亀裂を生じないような低い応力でも腐食性雰囲気と応力の相乗効果により亀裂を発生し、最終的に破壊に至る現象です。金属表面に応力が繰り返し作用することにより、表面は微視的な塑性変形をおこし、すべりを生じます。このすべり部分が化学的に活性化し、表面近傍に存在する腐食性物質と反応して微細な腐食孔を生成し、集合接続して割れに成長するという機構です。
 
 また、天然ゴムに伸縮を加えるとのような反応が起こります。
 

 
図 天然ゴムの変化
 
 
 ゴムを伸縮すると化学結合が切れてフリーラジカルを生成し、逐次平均分子量を低下して劣化し、ついに弾性を失うに至ると言う現象です。このように、ゴムなどの高分子材料に機械的な作用を働かせると、分子構造そのものにまで変化を及ぼします。
 
 このように、メカノケミストリは、表面だけではなく、固体の内部に化学変化をおこさせる現象もあります。
 
 ところで、メカノケミストリの機械的作用を摩擦に限定したものにトライボケミストリという言葉があります。
 
 トライボケミストリは金属の塑性加工、切削、研削などの過程に必ず関与しています。これらの過程において、金属表面に発生する高温、高圧によって表面を化学的に活性にします。
 
 また、摩擦することによって金属表面に新生面が露出すると、エキソエレクトロンという電子が放射されます(これをKramer効果といいます)。この電子が表面付近に存在している有機化合物と反応してイオン化し、金属表面と反応することが知られています。さらに、放射された電子が潤滑剤の表面への吸着を促進することなども知られています。応用例としては、プラズマ重合による有機系コーティング被膜の生成などが挙げられます。
 
 摩擦により有機化合物が重縮合して摩擦面に生成するフリクションポリマーもメカノケミストリの1種と考えられます。代表例はジチオリン酸亜鉛系添加剤の分解重合物があり、摩擦摩耗現象に大きく関与しています。
 
 本ホームページの「フリクションポリマー」を参照してみて下さい。
 
 

 
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