ID-S27 合成潤滑油−炭化水素系エステル合成油−
 
 
 エステル系合成油を使用した潤滑剤とは、どのようなものか。また、その特性と主な用途について以下に述べることとします。
 
 エステル系合成潤滑油は、およそ半世紀前から使用環境(とくに温度条件)の厳しい航空機等で使用されてきました。たとえば、二塩基酸エステル(ジエステルまたはダイエステルとも呼ばれている)、りん酸エステルは航空機、潜水艦等軍事用を中心に使用されたのが始まりで、その後りん酸エステルは鉄鋼業など直接・間接に火災の危険性のある分野の油圧作動油として広く利用されるようになりました。
 
 このように合成潤滑油は、鉱油系潤滑剤では性能上満足できない分野を中心に使用されています。その量は世界全体の全需要量からみるとまだ少ないですが、最近低温特性、高温における安定性・摩耗防止、環境保全などの技術的・社会的要請からエステルの特性が注目されています。
 
炭化水素系エステルとは
 炭化水素系エステルは、有機酸とアルコールとからエステル化反応により合成されます。その代表例を表1に示しました。
 
表1 エステルとその原料(例)

 
 
 ポリオールエステルは、表2に示すような多価アルコールを原料とするところからポリオールと名づけられたものです。また、有機酸としてはC5〜C18の直鎖または分岐脂肪酸が一般的です。
 
表2 多価アルコールの種類

 
 
 エステルは、原料の組み合わせで種々のものが合成でき、要求される特性に応じて原料の選択が可能です。このテーラーメイド可能がエステルの大きな特長でもあります。
 
 この特長は、潤滑管理上対象設備の条件に最もマッチした油種を選択することを限りなく実現させる可能性をもつものです。
 
 表3に現在市販されている炭化水素系エステルの一般的な性状範囲を示しました。
 
表3 エステルの性状範囲(例)
  ジエステル ポリオールエステル
粘度(100℃)cSt
流動点 ℃
引火点 ℃
粘度指数
2〜13
−35〜−70
200〜300
40〜180
2〜21
−30〜−70
210〜310
95〜150
 
 
 なお、エステル化は極めて簡単な反応操作ですが、生成する水や未反応物質等不純物の除去をどのようにして行うかがノウ・ハウで、それによって品質・性能が大きく左右されるといわれており注意が必要です。
 
炭化水素系エステルの特性
 エステル系基油の代表性状を表4に示します。
 
表4 代表性状(例)
  ジエステル ポリオールエステル PAO 鉱油系
密度g/cm3 0.915 0.948 0.818 0.845
粘度(100℃)cSt 3.6 4.0 3.9 4.1
粘度指数 142 131 123 97
流動点 ℃ −62.5 <−65 <−65 −15
引火点 ℃ 224 249 219 198
蒸発量 %
204℃,6.5h
9 5 12 30
 
 
 また、表5に合成系潤滑基油の特性比較を示しました。
 
表5 合成系潤滑基油の特性比較
  ジエステル ポリオールエステル PAO グリコール
高温安定性
低温流動性
蒸発性
粘度指数
添加剤の溶解性
エラストマーとの相性
鉱油との相溶性


















×





×
 
 
 表4表5などから、エステル系の特性を挙げると、
 
(1)鉱油系に比較し、エステル系はPAO同様低流動点、高粘度指数で使用温度範囲が広い
(2)エステル系は、分子構成が均一で、分子間力が強いため引火点が高く、蒸発量も低い。これはエンジン油など高温で使用される用途には有用な特性である
(3)高温での熱・酸化安定性に優れる
(4)泡立ち防止性、放気性に優れる
(5)金属との親和性が良いため、潤滑性に優れる(図1
 

図1
 
 
(6)生分解性が高いので、漏洩時の環境汚染防止につながる(表6
 
表6 生分解性(例)
(試験方法:CEC L−33−T−82)

油種 生分解性 %(3週間後)
ジエステル
ポリオールエステル
PAO
鉱油系
50〜85
95
10
20〜30
 
 
(7)清浄分散性を有するので、炭化物の堆積をきらう内燃機関、圧縮機等に効果的であり、また可溶化剤としても有用
(8)ゴム・シール材、樹脂類および塗料で制限されるものがある
(9)エステルであるため、加水分解安定性が問題となる場合がある
などである。
 
炭化水素系エステルの用途
 低温流動性、高温安定性などが要求される分野で、エステル単独またはゴム・シール材の膨潤を適正化するためPAOなどとの混合使用により、種々の用途の潤滑剤が開発され、実用化されています。
 その例を挙げると、
(1)極低温〜高温下で使用される航空機のガスタービン、油圧、ギヤやヘリコプタのギヤ等
(2)定置式ガスタービン、水力タービン
(3)2−サイクル、4−サイクルエンジン、断熱エンジン
(4)回転型、往復動型コンプレッサ
(5)オーブンチェーン
(6)冷凍機(R−134a)
(7)その他繊維油剤、金属加工油、圧延油、グリース等の基材
などです。
 
使用効果事例
 エステル系を使用した設備での潤滑管理上の効果事例は、数多く報告されていますが、その2〜3の事例について述べます。
(1)塗装乾燥ラインのIビームトロリーの軸受部に固体潤滑剤入りの鉱油を使用していたが、温度が200℃と高いため炭化し、軸受の摩耗が著しく短期間で交換していた設備にエステルを使用した。その結果エステルの金属との親和性、浸透性の良さ、低蒸発性、炭化しにくい特性により摩耗が顕著に減少し軸受交換期間を大幅に更新中で、少なくとも4倍以上である。また給油間隔を2倍にしても問題なく運転されている。
(2)回転ベーン型コンプレッサの事例では、エステルとPAOの組み合わせにより従来鉱油系では400hで交換していたものが3500hに延長でき、メンテナンスコストなどの低減に大きく寄与している。
 
まとめ
 各種機械、機関の高性能化、コンパクト化などに加え省力化が指向されている現在、潤滑剤の早期劣化や性能不足が大きな問題となる場合が少なくありません。
 
 エステルは、メンテナンス期間の延長、停止時間の短縮、省エネルギー、省資源、環境保全性などコストに係わる面での低減化に貢献できる機能的基材で、それらに関する事例が多く報告されており、今後も益々応用範囲が拡大していくものと考えられます。
「参考文献」
  1)R.H.Boehringer:J.Syn.Lub., 6, (4), 311 (1989)
  2)J.P.Legeron et al:J.Syn.Lub., 6, (4), 299 (1989)
  3)PHD Matthews et al:Proc. Instn. Mech. Engrs., 209, 105 (1990)
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  5)L.J.Gschwender et al:Lub. Eng., 44, (4), 324 (1988)
  6)S.N.Dwiuedi:Chem. Age of India, 40, (7), 331 (1989/1990)
  7)R.Nutui et al:J.Syn.Lub., 7, (2), 145 (1990)
  8)高島:日石レビュー、33, (1), 11 (1991)

「出典」
潤滑管理Q&A 月刊トライボロジ1991.12 P30-31
 
 

 
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