ID-L199 金属イオンと殺菌作用
 
 「錫の杯は酒の毒を消す」「銅のたらいで目を洗うと眼病が治る」「コインには雑菌は繁殖しない」などの例でもお分かりの通り、古くから人類はある種の金属に殺菌作用があることを経験的に知っていました。これを利用したものとして、農薬に使用されるボルドー液(硫酸銅と石灰の混合物)などが挙げられます。
 
 しかし、金属になぜ殺菌作用があるかについては諸説あり、未だに明らかではありません。一つの考え方として、細菌やカビの細胞基質に存在するタンパク質中の-SH基と金属イオンが固く結びつき、細胞の呼吸を阻害することにより殺菌するという説があります。これによれば、すべての金属イオンには殺菌作用があることになりますが、一例として金属の薄板に細菌の塊を乗せてその状態を観察した実験によれば、
 

 

周期表
H                                 He
Li Be                     B C N O F Ne
Na Mg                     Al Si P S Cl Ar
K Ca Sc Ti V Cr Mn Fe Co Ni Cu Zn Ga Ge As Se Br Kr
Lu Sr Y Zr Nb Mo Te Ru Rh Pd Ag Cd In Sn Sb Te I Xe
Cs Ba - Hf Ta W Re Os Ir Pt Au Hg Tl Pb Bi Po At Rn
(以下略)
※赤字は殺菌剤としての使用例が多い元素
 
という報告があります。また、周期表(上表参照)の中央部に位置する元素ほど殺菌力が強いという報告もあります。
 
 このような報告から考えて、金属イオンは殺菌剤としての効果が期待できますが、先に述べた原理で殺菌作用を示すとすれば、細菌やカビの細胞のみならず、人間や他の動物の細胞にも影響を与える、すなわち毒物として作用する可能性があることも考えに入れる必要があります。
 殺菌剤に求められる条件は、
 
(1)殺菌効力が大きい
(2)人体及び環境に対して安全性が高い
(3)効果に必要に応じた持続性がある
 などですが、金属イオンを殺菌剤として用いる場合、特に(2)の点について問題となることが多いようです。かつては消毒薬として使われたマーキュロクロム(赤チン、水銀イオン製剤)や、防カビ塗料として広く使われてきた有機スズ系塗料など、細菌やカビに対して有効な殺菌作用がある半面、人体に対する影響が明らかになり、使用が規制もしくは禁止となった事例も数多くあります。
 
 以上に示す理由により、金属イオンそのものを殺菌剤として使用しているケースはあまり多くなく、さらに近年ますますその使用頻度が減っているのが現状です。実用例としては、靴下の防臭目的で、布地の中に銅線を織り込むなどの例があります。
 
 使用に当たっては、殺菌効果と人体及び環境に対する安全性を充分に吟味する必要があります。
 
 また、原理から考えて、細菌やカビの細胞と金属イオンが充分に接するだけの量がないと、効果は期待できないと考えられます。
「参考文献」
  1)山縣、米虫、布施、「応用微生物学の基礎」 文教出版(1981)
  2)堀口、「防菌防黴の化学」(1982)
 
 

 
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