ID-L028 大型船舶のシステム・シリンダー油
 
 船舶は推進用・発電用の動力として、ほとんどがディーゼルエンジンを搭載しています。
 
 小型船や中型船の主機関、あるいは大型船の発電機用としてはトランクピストン型のディーゼルエンジンが搭載され、この型式のエンジンの潤滑にはシリンダ・システム兼用潤滑油が使用されています。
 
 燃料が軽油、あるいはA重油を使用する小型エンジンではバスやトラックと同じ種類のディーゼルエンジンオイルが使用され、A重油やより重質な燃料を使用する中型中速のエンジンには、清浄分散性能を高めたヘビーデューティーディーゼル油(HD油)が使用されます。
 
 しかし、大型の貨物船などにはさらに大出力の低速2サイクルエンジンが搭載され、燃料もかなり粗悪な重質油が使用されています。このようなエンジンの諸元は表1のとおりですが、現在の最も大きいエンジンではシリンダーの直径が98cm、約9万馬力(1シリンダ当り約7,500馬力)もの出力を誇り、高さは15mを越えます。
 
表1 舶用2サイクルエンジンの諸元概略
エンジン諸元 範囲(注)
回転数 RPM 60〜300
シリンダ内径 mm 300〜980
ピストンストローク mm 1000〜4000
1シリンダ当りの出力 PS 500〜7500
シリンダ数   5〜12
(注)本諸元のうち、低速機関として分類されているのは、回転数が『300rpm以下』のみで、他の数値は各社ディーゼル機関の概要を参考にして作成しています。
 
 このような大型の「2サイクルエンジン」の概略を図1に示しますが、エンジンは構造上シリンダ部とクランク部(システム部)に分けられています。潤滑油もその特性を十分に発揮できる様に、独特の機構が採用され同様に分離されています図2
 

 
図1 舶用2サイクルエンジンの概略図
 
 

 
図2 潤滑油系統図
 
〔1〕システム部;使用潤滑油《システム油》
 クランク室内のクロスヘッド摺動面、クランク軸受部などの他、排気弁を駆動するロッカーアーム部の潤滑を受持ち、さらには高熱に曝されるピストンを裏側(アンダークラウン)から冷却する仕事を受け持ちます。
 
 このような目的のために、適切な潤滑性を有する粘度、耐熱・耐酸化安定性が要求されます。
 
 さらに、次項で述べるシリンダーからの汚染油がスタフィングボックスから漏れてくるため、機械構成部品を腐食させたり、発錆しないように適度な酸中和・清浄分散性能や防錆性、抗乳化性も必要となります。ただし、増加する燃焼残さ物を油中に分散させるだけでなく、常にデラバル等の遠心分離器でこうした汚染物や水分を除去する必要があります。
 
 システム油は、SAE30の粘度グレードで、酸化防止剤や防錆剤などの添加剤が配合された全塩基価5〜15mgKOH/g(性状分散性能)程度の潤滑油が用いられます。
〔2〕シリンダー部;使用潤滑油《シリンダー油》
 シリンダー部は噴射された燃料が爆発し、その熱エネルギーが運動エネルギーに変換される部分です。大型2サイクルエンジンでは回転数が100RPM程度が主体ですから燃料の燃焼(爆発)時間も長く(それゆえに低質燃料が使用できる)シリンダーライナーを潤滑する潤滑油も極めて高温・高圧の過酷な状態を強いられます。潤滑油として必要な条件は、
1.
シリンダー壁面6〜10箇所程度(シリンダー径・機種による)の注油孔から、ピストンの上下動にあわせて注油される油は、シリンダー壁面に「すばやく広がり、十分な濡れ性」を保たねばなりません。
 
2.
シリンダーライナー壁面に給油された潤滑油は、一部はピストンリングで掻き落とされ、一部は燃焼ガスと共に燃焼してしまいますが、適度な油膜を維持しなければなりません。
 
3.
粗悪燃料が燃焼して発生する亜硫酸ガスや亜硝酸ガスなど、シリンダーライナーを腐食する酸性ガスとすばやく反応し、中和させなければなりません。
 
4.
さらに、発生したススや燃焼残さ物をシリンダーライナーから速やかに流し去り、異常摩耗を起こさせないこと。またピストン側でもリングおよびリンググルーブにカーボンや燃焼残さ物が固着しないよう、やはり速やかに流し去り清浄に保つ必要があります。
 
 こうした条件を満たすために、シリンダー油は粘度グレードSAE50、TBN70〜90mgKOH/gのものが使用されています。70〜90アルカリを持つ清浄分散剤は自動車に使用される無灰型ではなく、高熱に強い金属型の清浄分散剤で、例えばCaスルフォネート、Caフィネート、Caサリシレートなどがあり、多くの場合併用して使用されています。
 
 しかし、シリンダー油はこのような用途であるため、一度切りの使い捨てとなり、役目を終えたシリンダー油はシリンダー下部の排出孔から排出されます(図3のA)。
 
 また、ピストンロッドに付着した残油等は、スタフィングボックスで掻き落とされ、やはりドレンとして排出されます(図3のB)。しかし、ごく一部はロッドと共にシステム部に漏洩しシステム油を汚染し、粘度の上昇やスラッジの発生を引き起こすことがあります。
 

 
図3 スタフィングボックスの構造とシリンダー廃油の流れ
 
参考文献
  内燃機関の潤滑 幸書房
 
 

 
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