ID-088 ステンレスの深絞り
 
 
1.深絞りとは
 
 深絞り加工は、製品の外径より幾分細いポンチで、薄板材料をダイス穴のなかに押し込み、継ぎ目のない円筒形,角筒形,円錐形などのカップ状にプレス成形する加工です。
 ダイスの穴から外に出ているフランジ部は、材料がダイス穴に押し込まれます。このためダイスの横断面形状に沿った方向に、すなわち円周方向に、圧縮応力が作用し、しわが発生し易く、しわ押さえ板をつけます。
 また、ポンチの肩半径部分から底部では、材料はポンチ力の大部分を受け持ち引っ張り応力が作用するため、板厚が減少して破断が起こりやすいです。

図1 絞り加工中に生ずる応力1)
 
 
2.ステンレス鋼鈑の種類,性質と加工性
 
 ステンレス鋼は12%以上のCrを含む、耐食性を目的とした合金鋼であり、金属組織からはフェライト系,オーステナイト系,マルテンサイト系に分類されます。このほかに析出硬化系,フェライト・オーステナイト2相系も有ります。代表的な鋼種を表1に示します。
表1 ステンレス鋼の種類

主成分による分類

機械的性質

基本成分区分

鋼種

概略組成

金属組織

引っ張り強さ
kgf/mm
耐力
kgf/mm
伸び

クロム系

SUS410

13Cr

マルテンサイト系

37以上

20以上

25以上

SUS430

18Cr

フェライト系

46以上

21以上

22以上

クロム・ニッケル系

SUS304

18Cr-8Ni

オーステナイト系

53以上

21以上

40以上

SUS316

18Cr-12Ni-2.5Mo

53以上

21以上

40以上

 絞り加工に用いられる鋼種は、使用環境での耐食性,耐酸化性,溶接性などを考慮して決められる場合が多く、主にフェライト系とオーステナイト系が使用されます。ステンレス鋼はCrを含んでいるため一般工具鋼の金型材と親和性が強く、強度も高いため型とのかじりが発生し易く工具摩耗も激しいです。
 したがって金型材としては、ステンレス鋼との親和性が弱いCu−Al−Sn−Fe系の銅基合金型材(HZ−CE−2)2)が用いられ、表面処理も行われます。
 SUS430に代表される強磁性のフェライト系ステンレス鋼は、体心立方格子構造を有しています。この鋼種の機械的性質は、低炭素鋼に類似しているが、降伏点や引っ張り強さが高く全伸びが低いです。したがって、絞り加工では深絞り成形を主体とし、張り出し成形を抑える加工にすることが望ましいです。
 SUS304に代表される非磁性のオーステナイト系ステンレス鋼は、面心立方格子構造を有しています。フェライト系ステンレス鋼に比較し耐食性,耐熱性,加工性,溶接性に優れる事から幅広く使用されています。オーステナイト系ステンレス鋼は、高強度で伸びが大きく張り出し性に優れていますが、マルテンサイト変態による加工硬化が大きいため、材料特性の温度,速度依存性が大きく、加工性への影響が大きいです。加工度の大きい成形が難しいため、絞り加工を数工程にわけたり必要に応じて適宜中間焼鈍を施すことが行われています。
 加工条件としては、適正なしわ押さえ力,加工温度・速度の管理,潤滑油の選定,その供給量などに留意することが重要です。
 オーステナイト系ステンレス鋼の深絞り加工には温間成形が有効です。これはしわ押さえ板とダイを加熱してフランジ部の変形抵抗を低減し、一方パンチを冷却してパンチ肩部での破断抵抗を高め、成形限界を向上させる方法です3)。図2に温間成形による円筒絞りの結果を示します4)が、SUS430よりSUS304の方が効果的です。

図2 限界絞り比と成形温度4)
 
 
3.潤滑油剤
 
 深絞り加工において、潤滑剤の使用目的は、しわ押さえ板あるいはダイス肩部における材料との摩擦の低減,焼き付きかじりの抑制による、加工性や工具寿命の向上を図ること、しわ,キズなどの発生による製品品位の低下を防止することなどです。
 ステンレス鋼は焼き付き易いため、潤滑油剤としては極圧添加剤量が多く、また摩擦面に導入され易い高粘度のものが有効です。
 極圧添加剤には、塩素系,硫黄系,りん系,あるいは硫黄−りん系添加剤がありますが、ステンレス鋼に対しては塩素系極圧添加が適します。図3に添加剤の効果を示します5)。油剤には極圧添加剤の効果をより効果的に発揮させるため、2種類以上を併用して用いられるのが一般的です。
 なお塩素系極圧剤を含む油剤で加工後、溶接が施される場合、溶接工程において塩素系極圧添加剤は熱により塩化水素ガスを発生し、それが周りの設備にさびを発生させる原因となります。この場合には溶接前に洗浄工程を入れるか、非塩素系の油剤を使用するのが良いです。油剤中の硫黄系極圧添加剤は、製品の保管環境(高温,多湿等),期間によっては油染みを誘発させる場合もあり注意が必要です。

図3 ステンレス鋼板の絞り加工における添加剤の効果5)
 
 絞り加工後洗浄工程がある場合、粘度の低い油剤の方が洗浄され易く、洗浄液への油剤の持ち込みも少ないです。また油脂,脂肪酸セッケンを主成分とするエマルションタイプの油剤を用いる事により洗浄工程が省ける場合もあります。
 ステンレス鋼は、熱伝達率が低いため高速での深絞り加工では、摩擦面での局部的な温度上昇により焼き付きやかじりが発生し易いです。このような場合には冷却性の良い水溶性油剤が効果を発揮することがあります。
 油剤の選定にあたっては、加工の難易度,速度,材料等の加工条件の他に、後工程をも考慮することが必要です。
[参考文献]
 1)片岡征二:プレス作業の潤滑技術,(1986),48,海文堂
 2)前田稔ほか:塑性と加工,19−204 (1978),94
 3)日本塑性学会編:プレス絞り加工−工程設計と型設計,(1994),150,コロナ社
 4)野原清彦:42回塑性加工研修会資料,(1991)
 5)吉田ほか:理化学研究所報告,37−5 (1961),306
 
 

 
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