ID-331 切削油剤の作用機構について

 切削油剤の工具刃先における効果は、主に潤滑作用、構成刃先の抑制作用および冷却作用によるものと考えられています。

1.潤滑作用
 切削油剤の潤滑作用は、主としてつぎの3つによるものです。
@工具すくい面に、せん断強さの弱い固体潤滑膜を作り潤滑作用を示します。これは、硫黄化合物や塩素化合物などの極圧添加剤の作用によるものです。表1に固体潤滑膜の性質1)を示します。
表1 固体潤滑膜の性質1)
固体潤滑膜 融点(℃) せん断強さ 結晶構造
Fe 1,525  100  体心立方格子
FeS 1,193  50  成層格子
Fe(15)+FeS(85)合金 985  −   
FeCl2 672  20  成層格子
FeCl3 302  − 
A切りくず接触長さを減少させ、すくい面の潤滑状態を改善することにより、せん断角を増大させ、切削抵抗を減らします2)
Bレビンダー効果
P.A.Rehbinderら3)による"Hardness Reduction"効果が知られています。これは切削油剤中の組成々分(特に、極性化合物)が、応力を受けた金属表面に生じているマイクロクラックに入り込んで吸着し、表面エネルギーを下げることにより、その表面の降伏応力を低下させるというものです。 レビンダー効果の実験例を図14)に示します。 被削材表面に塗布された極性化合物が、切削抵抗を下げ、切りくず厚さを薄く(せん断角を増大)していることがよくわかります。
図1 レビンダー効果の実験例4)
2.構成刃先の抑制作用
 構成刃先の抑制には、硫黄化合物や塩素化合物などの極圧添加剤の使用が有効です。これらの添加剤は、工具すくい面にせん断強さの低い固体潤滑膜を作り、工具と切りくず間に介在することによってすくい面上の切りくずの溶着を防止し、構成刃先の成長をさまたげているものと考えられています。 構成刃先は、刃先を保護することもありますが、1/10〜1/200秒という短い周期で生成・脱落をくり返すため、工具刃先のかけ、仕上げ面粗さの悪化、寸法精度のバラツキなどをもたらします。
3.冷却作用
 切削における全仕事量の約97%までは発熱であり、その3分の2はせん断部分で生ずる塑性変形熱、3分の1は工具と切りくずあるいは加工物との滑りによる摩擦熱であるといわれています5)
 切削油剤の冷却作用を考える場合には、油剤の潤滑性や抗溶著性による刃先での発熱を抑える効果と発生した熱を除去する効果(冷却作用)の両面を考慮すべきです。単純に冷却能力だけを考えれば水は油の数倍の冷却能力を有するはずですが、切削点温度を測定すると必ずしも水が優位を示さないのは、発熱防止と冷却の複合効果を測定しているためです。冷却作用により、工具や加工物の熱膨張が抑制され加工精度が向上します。また、加工物の取扱いが容易になるなど作業性の面でも重要な特性です。
参考文献;
1) 山本 明、鈴木 音作 : 切削油剤とその効果、朝倉書店(1966)
2) 臼井 英治、竹山 秀彦 : 機械試験所報告、第43号、(1961)2
3) P.A.Rehbinder et al : Proc.2nd Int.Cong.of Surf.Activity(1947)563
4) 正野崎 友信 : 不二越技報、 30、4(1974)7
5) E.G.Thomsen, J.T.Lapsley, R.C.Grassi : Trans. ASME, 75, 5(1953)591
 
 

 
Copyright 1999-2003 Japan Lubricating Oil Society. All Rights Reserved.