ID-340 プレス加工油剤 | ||||||||||||
1.プレス加工とは プレス加工とは、プレスの直線往復運動機構の圧縮工程を利用し、型工具によって金属板にせん断,引っ張り,圧縮,曲げなどの応力状態を起こさせ、平板以外の形状寸法に永久変形させる塑性加工法です。おもに冷間で行われます。 2.プレス加工の分類 金属板のプレス加工は、せん断,曲げ,絞り加工に大別されますが、実際は多くの加工法に細分されます。 ![]() 図1 プレス加工の分類 2.1 せん断加工(Shearing) 適当な工具を用いて金属板などを所定の形状に切断する加工法です。一対の刃のついた工具間に素材を挟みせん断応力を生じさせて、破壊し分離するという特徴があります。せん断加工は、曲げ,絞りなど他のプレス加工と組み合わせて作業されることが多いです。 2.2 曲げ加工(Bending) 金属板を曲げて所望の形状に永久変形させる作業を曲げ加工といいます。プレス型による曲げの形式を図2に示します。 ![]() 図2 型曲げの基本形式1) 2.3 深絞り加工(Deep Drawing) 深絞り加工は、製品の外径より幾分細いポンチで、金属板をダイス穴のなかに押し込み、継ぎ目のない円筒形,角筒形,円錐形などのカップ状にプレス成形する加工です。多量生産方式です。 ダイスの穴から外に出ているフランジ部は、材料がダイス穴に押し込まれます。このためダイスの横断面形状に沿った方向、すなわち円周方向に、圧縮応力が作用し、しわが発生し易く、しわ押さえ板をつけます。また、ポンチの肩半径部分から底部では、材料はポンチ力の大部分を受け持ち引っ張り応力が作用するため、板厚が減少して破断が起こり易くなります。 ![]() 図3 絞り加工中に生じる応力2) 2.4 張り出し加工(Bulging) ビードを付けてフランジ部での材料の絞込みを阻止し、引っ張り応力で変形を与え、平板からカップ状に成形し、素材の板厚減少により表面積を増加させる加工法です。 ![]() 図4 深絞り、張り出し加工3) 2.5 しごき加工(Ironing) 予め絞った容器の側壁をポンチとダイスでしごいて、板厚を減少させ、長さを伸ばすとともに、表面をなめらかにする加工です(図5)。 この加工は、側壁の厚さのみを減少させます。その減少割合をしごき率といいます。 ![]() ![]() 図5 しごき加工4) 3.プレス油剤 3.1 プレス油剤の役割 プレス油剤の使用目的は、材料と工具との摩擦の低減,焼付きかじりの抑制による、成形限界や工具寿命の向上を図ることです。しわ,キズ,割れなどの発生による製品品位の低下を防止することです。 せん断加工では、基本的に製品形状が工具形状により決定されるため、工具切れ刃形状を当初の状態に保ち長期にわたり良好な製品を得る事が重要です。したがって、油剤としては工具摩耗および凝着等の表面欠損を防ぐことが、重要な役割となります。 曲げ加工においては、曲げの曲率半径が小さくなるほど金属板の外表面に割れが発生し易くなります。したがって油剤の役割は、材料と工具との摩擦の低減、焼付きの抑制により、円周方向の材料流れを均一かつ容易にし、変形が局部に集中する事を緩和する事です。 深絞り加工においては、しわ押さえ板あるいはダイス肩部における材料との摩擦力を小さくし、また焼付き,かじりの抑制により、破断による成形限界の低下を抑えることが重要です。成形限界は、しわ押さえ力を下げれば大きくなりますが、しわ押さえ力を下げすぎるとしわが発生してしまいます。したがってしわ押さえ力をある程度大きくしても、成形荷重が大きくならないような油剤が望ましく油剤の粘度効果も大きいといえます。 一方ポンチの肩半径部分から底部では、摩擦力が小さくなりすぎると板厚が減少して破断が起こり易くなるため適度な摩擦の制御が有効です。 張り出し加工においては、接触部での平均面圧が低く滑り距離が小さいため表面損傷や工具摩耗の生ずるおそれは一般的には少ないです。摩擦の低減による成形限界(張り出し高さ)の向上が油剤に求められます。 しごき加工は本質的に引抜き加工に近く、金属板のプレス成形のなかでは塑性変形による新生面の出現が最も大きな加工法です。新生面の出現は、工具との焼付きが生じ易く、製品品位,工具寿命の低下につながります。油剤としては耐焼付き性能が要求されます。 プレス油剤には、以上の一次性能の外に後工程までの中間防錆,防食性が求められます。 3.2 潤滑添加剤の種類と作用 プレス加工には、一般に不水溶性油剤が使用されます。不水溶性プレス油剤は、鉱物油を基油とし、潤滑性を向上させる添加剤として油性剤(基油として使用される場合もある),極圧(添加)剤等が添加されています。表1にそれら添加剤のタイプと作用を示しました。
摩擦面においてこれらの添加剤が、有効に作用する温度範囲があります。各添加剤の作用温度範囲を図6に示します。油脂,合成エステルなどの油性剤は、低い温度で効果を示しますが100℃以上では、均一な吸着膜が得られなくなり、効果を失ってしまいます。 ![]() 図6 潤滑添加剤の作用温度範囲5) 高温高圧下での厳しい潤滑条件下で、摩擦面に反応膜を生成する極圧剤では、被加工材との反応性と生成した反応膜の耐熱性によって効果の温度範囲が異なります。また黒鉛,二硫化モリブデン等の固体潤滑剤は、極圧剤による反応膜より耐熱性が高く、極圧剤が効果を発揮しない高い温度領域で効果を発揮します。 このように潤滑添加剤の効果は、摩擦面での温度に依存するため、プレス油剤としては、これら添加剤を2種類以上組み合わせることにより、より広い温度範囲で効果を発揮するよう配慮されています。 3.3 プレス油剤の選定 プレス油剤の選定において、まず対象とする加工の加工条件を考慮する必要があります。摩擦面での温度は加工法,被加工材の材質,形状(板厚等),加工速度,塑性変形の程度等、加工条件によって異なり、より厳しい潤滑条件程摩擦面温度は高くなります。 軟鋼,アルミ,銅板などの打抜き曲げ,浅絞り加工などは、比較的軽度の加工でそれほど温度は上がりません。これに較べ、深絞りや大物の絞り,しごき加工,あるいはステンレスの打抜き,絞り加工などでは、かなりな温度上昇を伴なうため、多量の極圧添加剤を含有した油剤が使用されます。 金属材料による、プレス油剤の選定のポイントを表2に示します。 ![]() 潤滑添加剤のほかに油剤粘度も重要です。油剤粘度が高い程摩擦面に導入され易く、潤滑の観点からは有利です。より厳しい潤滑条件では高粘度の油剤が好ましいです。 一方高粘度の油剤を使用した場合、加工物に比較的多くの油剤が付着するため、後工程の洗浄では好ましくありません。適切な粘度の油剤を選定する必要があります。 また過去から加工物の洗浄にトリクレン等の塩素系溶剤が使用されていましたが、環境問題(オゾン層の破壊)より石油系溶剤に変更されるようになり、溶剤の洗浄力の違いによる洗浄不良が問題となる場合があります。被洗浄性も考慮し油剤を選定する必要があります。 油剤の選定にあたっては、材料,加工の難易度,速度等の加工条件の他に、後工程をも考慮することが必要です。 |
「参考文献」 1)前田貞禎三:塑性加工,(1972),324,誠文堂新光社 2)片岡征二:プレス作業の潤滑技術,(1986),48,海文堂 3)加藤健三:金属塑性加工学,(1971),306,丸善 4)前田貞禎三:塑性加工,(1972),379,誠文堂新光社 5)神居 詮・寺門良二:塑性と加工,17−182(1976),202 6)奈良達夫:プレス技術,23−3(1985),26 |