ID-S70 ILSAC GF-3規格と添加剤技術
 
 
 ガソリンエンジン油の新しい提案規格として検討されているのはAPI PS06/ILSAC GF-3(表1)です。
 
表1 API SJ/ILSAC GF-2規格と        
API PS06/ILSAC GF-3規格案との比較

性能項目SJ/GF-2PS06/GF-3
防錆性能Seq.UDBall Rust Test
酸化安定性、高温清浄性、摩耗Seq.VESeq.VF
低温清浄性、摩耗Seq.XESeq.XGおよびSeq.WA(KA24E)
ベアリング摩耗L38Seq.[(無鉛L38)
蒸発損失NOACK法またはガスクロ蒸留法NOACK法およびガスクロ蒸留法
フィルター濾過法GM9099PGM9099P
触媒との適合性
(りん含有量の上限)
最大0.10最大0.10
引火点D 92またはD 93
泡立ち性D 892A+Seq.WD 892A+D 6082
相溶性FTM3470FTM3470
剪断安定性10時間ステイ・イン・グレード10時間ステイ・イン・グレード
高温デポジットTEOST 33TEOST MHT
低温特性ゲル化指数ゲル化指数
省燃費性能Seq.YASeq.YB
 
 
 新提案規格で、一番のポイントは、Seq.YBです。提案では、粘度グレードごとに省燃費性能の要求が提案されていますが、かなりシビアだと感じています。オイルの要求性能として16時間のエージング後のデータ、さらに96時間後のエージング後のデータを見なければなりません。たとえば0W-20、5W-20の場合では、16時間後で2.0%の燃費、96時間後で1.7%以上の燃費が提案されています。Seq.YBは、SJ/GF-2規格でのSeq.YAと比較して境界潤滑条件下になるような試験条件がより強化され、FM(Friction Modifier:摩擦調整剤)の効果が得られやすい傾向にあるようですので、FMの選択がポイントと考えます。さらにSeq.YBでは、燃費の耐久性もオイルの性能要求項目として提案されています。すでに、オイルの燃費を向上させる技術に関しては、一部文献等もでていますが、この耐久性向上技術が重要と考えています。
 
 また、燃費性能の向上を考えるうえでは、オイルの劣化に伴う粘度上昇を抑えることも重要で、これに関連して、粘度指数向上剤の選択も重要かと思います。粘度指数向上剤でも、すぐに剪断されて酸化劣化するタイプもありますし、逆に適度に剪断されることでオイルの粘度上昇を抑制して初期粘度を維持する効果の期待できるものもあります。簡単にお話しましたが、実際は種々の添加剤配合バランスの上で以上のようなことが成立しますので、配合デザインが非常に難しいと考えられます。もちろん添加剤だけでなく、基油の選択を含めオイル全体で考慮することが重要になります。
 
 高温での摩耗と酸化安定性の評価法として提案されているのがSeq.VFです。摩耗を生じやすくするため、ローラフォロアの動弁系からSeq.VEの試験エンジンで使用していたスライドフォロア型式の動弁系に一部変更していますので、この点が対応のキーになるのではないかと考えています。酸化性能に関しては、Seq.VEとほぼ同じではないかと言われています。しかしながら、現在、材質等の問題で試験法が確立していませんので、試験法の早期確立が待たれます。
 
 低温での動弁系摩耗の評価法では、従来のSeq.XEに代わり、Seq.WAが新たに追加となりました。ここで、JASOの動弁系摩耗試験として開発されたM328-95(KA24Eエンジン)が、ASTM化され採用されています。耐摩耗剤であるジチオリン酸亜鉛等の選択がSeq.WAでのポイントではないかと思われます。低温清浄性の評価法については、Seq.XEの後にSeq.XGが現在検討されてほぼ試験法としては確立しています。Seq.XEで規定されている摩耗については、Seq.XGでは、報告だけで基準がありません。低温清浄性能に関してはSeq.XEよりSeq.XGの方がよりシビアでないかといわれていますので、分散剤や清浄剤の選択が重要ではないかと考えます。
 
 高温デポジットの評価試験としてはTEOST MHT法が提案されています。要求が以前のTEOST33の最大60mgから40mgになり、かつ試験条件が厳しくなっていますので、オイルのさらなる耐熱酸化安定性の向上が望まれると思われます。さび性能に関しては今までのSeq.UDエンジン試験からBall Rust Testというベンチ試験が提案されています。
 
 蒸発性の評価ではNOACK法が提案されており、SJ/GF-2では目標値が22%でしたが、PS06/GF-3では15%になっており、かなり厳しい要求です。SJ/GF-2では、SAE 10W-30のオイルを配合するときにGroupT基油だけでそれほど意識せずに蒸発損失の要求に達しましたが、今回の目標値では合わないケースが出てくるであろうと推定しています。5W-30もしくはそれ以下の低粘度油に至っては、GroupT基油では、ほとんどが要求に合わないであろうと推定しています。高度に精製したGroupU、GroupV、もしくは合成潤滑油のGroupW基油PAO(ポリアルファオレフィン)(表2)を使うほかに手段がないのではないかと思います。

表2 APIによる基油の分類
基油カテゴリー硫黄分(%)飽和炭化水素分(%)粘度指数
GroupT>0.03 および/または <9080〜120
GroupU≦0.03 および ≧9080〜120
GroupV≦0.03 および ≧90≧120
GroupWすべてのポリアルファオレフィン(PAO)
GroupXGroupT、U、VまたはW基油に分類されないすべての基油
 
 
 特にガソリンエンジン油では、この新しい規格が出ることにより、今までの基油の市場構造が劇的に変わってくるのではないかと思います。日本の石油会社では、以前から種々の名称でGroupVの高度精製基油を生産して、製品に使用して販売していますが、今後、米国を中心に世界的な流れとして高度精製基油の市場が広がる動きがかなり見受けられます。
 
 補足としまして、オイル中のリン化合物による触媒被毒についてアメリカで議論されたのは1980年代半ばで、日本ではそれ以前に議論されていました。実際にAPI/ILSACの規格で規定されたのはAPI SH/ILSAC GF-1導入時で、その時はオイル中のリン濃度は0.12mass%以下に規定されていました。今のSJ/GF-2のオイルでは0.1mass%以下に規定されており、新規格でも継続されるように提案がなされています。一般にリン濃度の低下に伴い耐摩耗性等の強化が必要となります。

「出典」
特集2 自動車のトライポロジー -エンジン編ー(2) 月刊トライボロジ1999-2003.5 P30-31
 
 

 
Copyright 1999-2003 Japan Lubricating Oil Society. All Rights Reserved.