ID-S31 すべり軸受はどのように発展し、変わってきたか
 
 
 すべり軸受は、現在、自動車エンジン用軸受として幅広く使用されています。どのように発展してきたか、その歴史的な経過はどうであったのでしょうか。エンジン用すべり軸受の発展の過程を(1)初期段階、(2)発展、普及段階、(3)高性能化段階の3つに分けて述べることとします。
 
(1)初期段階
 
 近代におけるエンジン用すべり軸受の基礎は、1939年、英国のI.Babbittが考案したホワイトメタル(バビットメタルとも呼ばれる)によって作られました。このホワイトメタルはSnに5〜10%のCu、Sbを添加した軟質の軸受合金で、コンロッドの大端部やクランクハウジングに直接鋳込み(「じか盛り」と呼ばれた)、内径を真円に仕上げて使用されました。1920年頃からは、軸受をハウジングに挿入する「挿入式」というタイプが採用され始めました。初めは、ソリッドタイプの挿入式でしたが、強度が不十分なため、青銅の裏金に、その後鋼の裏金に鋳造ししたバイメタルタイプの挿入式が採用されました。バイメタルタイプの軸受は、図1に示すように摩擦特性をライニングで、荷重を裏金で受け持ち、相反する特性を一体化した2層構造の軸受で、今日のすべり軸受の基本構造をなす軸受です。
 

 
図1 すべり軸受の構造
 
 
 しかし、ホワイトメタルは、高荷重下での耐疲労性が低く、クラックの発生がしばしばみられるようになり、1930年代になると、航空機やディーゼルエンジンのように苛酷なエンジンには、銅−鉛合金軸受や、銀軸受が使われ始めました。銅−鉛合金軸受は、ケルメットとも呼ばれ、20世紀初めに考案されました。銅−鉛合金軸受はPbを20〜50%含み、適度に硬く熱伝導性の良い銅を下地に、銅に固溶せず、耐焼付性を改良する鉛が樹脂状に分布する組織を有し、高い軸受負荷に耐え、耐摩耗性にも優れた軸受です。製法としては、ホワイトメタルと同様な鋳造方法が用いられました。この合金は、冷却時に鉛が偏析する傾向があり、製作にあたっては、相当の困難を伴い、金型および冷し金等が使用され、時にはドライアイスまで使われました。当時は、自動車エンジン用軸受として、FordのV型エンジンに鋼の裏金を用いたCu-30%Pbが使用された例があります1)
 
 一方、銀軸受はAgを裏金の上に鋳造し、Pbをめっきしたものです。耐久性の向上のため、第2次世界大戦中、米国にて、Pbめっき上に更にInめっきをした銀軸受が開発され、各国の航空機エンジンに用いられました2)。現在では、高価なため殆ど使用されていません。
 
 1935年頃、米、英、独でアルミ合金軸受の研究が開発されました。米国ではAl−6%Snのソリッドタイプの軸受がエンジン以外の分野で使用されました。我国でも戦前、アルミ合金軸受が研究されましたが、なじみ性が悪く、かじりが発生し易いなどの難点により、あまり使用されなかったようです。
 
(2)発展、普及段階
 
 1930年代半ばから1940年代にかけて、自動車エンジンの発展に伴ない、ホワイトメタル、銅−鉛合金軸受の性能向上、生産性の向上が米国にて行われ、マスプロ生産の第一ステップが完成されました。
 
 1930年代半ばには、帯鋼の上に連続的に銅−鉛合金を注湯し、冷却する連帯鋳造法と、これに続いて、帯鋼の上に銅−鉛合金粉末をのせて焼結する連帯焼結法(図2)が実用化されました。
 

 
図2 銅−鉛合金の焼結工程
 
 
 連帯焼結法によって作られた軸受は、図3に示すように、Cuマトリックス中にPbが網状に分布した組織を持ち、耐疲労性が向上したため、高荷重用軸受として一般に使用されるようになりました。
 

 
図3 銅−鉛合金軸受の断面組織
 
 
 軸受の耐疲労性は、図4に示すように裏金にライニングされる合金の厚さが薄いほど向上するため、ライニングの厚さを0.1mm以下の極薄肉にしたマイクロバビットと呼ばれる軸受が、1940年頃実用化されました。このマイクロバビットの出現によりホワイトメタルの耐疲労性は大幅に向上しました。さらに連帯鋳造法が確立されることにより、ホワイトメタルは、米国において1950年代、自動車エンジン用軸受の主流となり、コンロッド軸受、クランク軸受の60〜75%を占めるに至りました3)。しかし、1970年代になると油温の上昇にともなって、耐疲労性の不足からホワイトメタルは使用されなくなっていきました。
 

 
図4 ライニング厚さと軸受寿命
 
 
 銅−鉛合金軸受では、なじみ性や焼付性の不足からその向上が必要となってきました。その為、1940年代に、銅−鉛合金の上にPbをベースとしたオーバーレイ(Cu−8%Sn−2%Cu)を20μmほど電気めっきした3層構造のトリメタルが実用化されました。
 
 その後、図5に示すようにオーバーレイ中のSnが、熱により銅−鉛合金層へ拡散し、オーバーレイの耐食性、耐摩耗性が低下することが判りました。対策としてオーバーレイと銅−鉛合金層の間に、1〜3μmのNiバリアを有する4層軸受が考案されました。4層軸受は、今日のすべり軸受の主流となっています。
 

 
図5 銅−鉛合金軸受のオーバーレイ中のSnの拡散移動
 
 
 1950年代になると、米国においてオーバーレイ付きのAl−6%Snのアルミ合金軸受が実用化された。英国において、オーバーレイなしでなじみ性、耐焼付性に優れ、ホワイトメタルより耐疲労性に優れたAl−20%Snの高錫アルミ合金軸受が実用化されました。製法を図6に示します。この高錫アルミ合金軸受は、高性能でかつ低コストであるため急速に普及しました。1960年代後半には、英国におけるガソリン、小型ディーゼルエンジン用軸受の大半を占めるに至りました3)。また、1970年代になると、米国においてアルミ−鉛合金が粉末冶金法で実用化され、一部で使用されました。以上のように、米、欧を中心にして軸受性能の向上、生産性の向上が飛躍的にはかられ、今日のすべり軸受のいしずえが確立されました。
 


図6 アルミ合金の圧接工程
 
 
 我国には、1950〜1960年代に、軸受のマスプロ製法(連帯法、加工法)が導入され、すべり軸受のマスプロ生産が始まりました。
 
(3)高性能化段階
 1980年代になるとエンジンはDOHC化、多バルブ化などにより、高速、高性能化され、負荷が一段と高くなり、新しい軸受材料が必要となってきました。銅−鉛合金軸受では、マトリックスを強化するため、Sn量を増した鉛青銅合金が実用化され、今日主流となってきました。さらに耐疲労性を向上するため、Pb量を少なくする傾向にあります。オーバーレイでは、高温下での耐疲労性向上のため、Inを添加したPb−Sn−In系が多用されるようになりました。
 
 一方、アルミ合金軸受では、Al−20%Snの耐焼付性、耐疲労性が不足となり、図7に示すAl−12%Sn−3%Siのアルミ合金軸受が開発され、現在主流となっています。このアルミ合金軸受は、硬質のSiを、ライニング中に分散させることによって、耐焼付性と耐疲労性を向上させた軸受で、球状黒鉛鋳鉄軸にも適用できる軸受である。その後、欧米においても同じコンセプトのアルミ合金軸受が使用されるに至りました。
 

 
図7 アルミ合金軸受Al−12%Sn−3%Siの断面組織
 
 
 以上で述べたように、すべり軸受は150年以上にわたって着実に発展してきました。今後ともエンジンの発達に伴い、すべり軸受も発展していくものと考えられます。
「参考文献」
  1)P.M.Heldt;Auto.Ind. Vol.78, No.12, P19, 1938
  2)熱機関体系3「燃焼・燃料、潤滑・潤滑油」P261
  3)井下輝昭他;自動車技術会中部支部報No.23, P37, 1974
「出典」
すべり軸受Q&A 月刊トライボロジ1992.8 P30-31
 
 

 
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