ID-S40 レース用エンジン軸受について1 レースエンジン用軸受と普通の自動車エンジン用軸受とは同じですか モータースポーツ界の情報、特に使用部品の設計や材料に関わる情報は極秘中の極秘であり、各チームとも公表していないので正確なことは分らないが、漏れ聞く話とわずかな経験により話を進めます。 結論的に言えば、油穴の数が多い等の若干の違いはあるものの、基本的な設計や材料は街を走っている自動車のエンジン用軸受と同じです。詳しく言えば、オイルクリアランス、足高さ、材質、仕上げ精度等市販車エンジン用とは設計値が若干異なる場合が多いです。こうしたレースにおける経験が一般市販車用エンジンの設計にも反映されてきています。 次にレース用軸受の使用条件(要求性能)は一般市場における使用条件(要求性能)とどこが違うでしょうか。 まずエンジン性能の違いを見てみましょう。図1は世界のスポーツタイプのエンジンを、排気量を横軸に最高出力馬力を縦軸に整理したものです。 ![]() 図1 エンジン排気量別最高出力馬力 量産市販車のスポーツタイプで2〜3リッター250〜300馬力、スーパーカーといわれる部類で5リッター前後350〜550馬力です。それらと比較してレース用エンジンはレギュレーションの関係で3〜3.5リッターに集中していますが、最高出力を見ると600〜800馬力と量産市販スポーツカーの2〜3倍の高い出力です。この高出力は高回転と高い最大爆発圧力によって得られています。 次に、この高回転、高爆発圧力が軸受に及ぼす影響を見てみましょう。図2はエンジンの最高出力時のコネクティングロッド大端部軸受にかかる最大面圧を、周速を横軸で整理した例です。 ![]() 図2 最高出力時の周速と最大面圧の関係 一般市販車のエンジンでは周速15〜16m/s(回転数で5000〜6000rpm)、面圧300kgf/cm2であり、スポーツタイプのエンジンでも周速17m/s、面圧350kgf/cm2程度です。2輪車のエンジンは小さいながら回転が高く10000rpm以上回るが、周速は17〜19m/s、面圧300〜400kgf/cm2です。レースエンジンの仕様は最初にも述べたように詳しい情報が伝わってこないので正確な値とはいえませんが、ターボ付き、ノンターボがあるものの回転数8000〜14000rpm(周速20〜30m/s以上)面圧500〜700kgf/cm2とかなり厳しい条件となります。 この条件が軸受にとってどのように厳しいかというと、回転の高い領域で荷重(面圧)が高いため最小油膜厚さは薄くなります。また周速が大きいために潤滑油の粘性摩擦が大きくなり油膜の温度が上昇し、粘度が下がります。結果としてさらに油膜厚さは薄くなります。したがって軸受はかなりの高温にさらされます。 レース用エンジンのクランクシャフトやハウジングの精度が量産車に比べ格段にいいとはいっても、現実には完全な流体潤滑状態ではなく軸−軸受間の金属接触が有り得るから、大きな接線力によりさらに軸受温度が上昇することになります。実際F-1のエンジンでは280℃融点の鉛系オーバレイでは溶融するため、融点を295℃まで上げてようやく使えるようになったと聞いています。したがってレース用エンジン軸受に求められる要件は高面圧・高周速・高温で軸受性能を維持できることです。 PV値的な軸受負荷については以上に述べたようだが、次にもう一つの重要な軸受特性である耐久性・寿命に関して少しふれておきます。 一般市販車は、最近寿命が延びてきて5万km保障と言われていますが、設計段階では20〜40万km保障を目標に設計しているし、実際通常のメンテナンスさえしていれば20万km走行してもエンジンはピンピンしています。 一方レースの場合は、F-1で2時間(300km)くらいのもので、長いものでもル・マンとかデイトナ24時間レースでテスト、予選を含めてせいぜい5000kmの走行距離です。レースカーの5000kmは一般車に置き換えると40万〜50万kmの走行に値すると言われていますが、こと軸受に関してはそうではないようです。というのは、レース終了後の軸受を回収して調査してみると、一般市場で長期走行した軸受にみられるようなオーバレイあるいは銅鉛合金の腐食や摩耗がみられないことです。摩耗量も肉厚で2〜3μmと一般市場でなじみ(あたり)が出た程度の、走行距離にして1000から10000kmくらいのものです。 オーバレイ成分の劣化(成分構成元素の熱拡散、化合物生成等)もやはり5000km走行程度です。先にレースエンジンの軸受は高温にさらされると述べたが、それは瞬間あるいは比較的短い時間であり、一般市場で長期にわたって受ける熱量、腐食環境に比べれば大したことはないのです。 したがってレース用エンジン軸受に求められる要件は上でも述べたように高面圧・高周速・高温でレースの間だけ軸受性能を維持できる(焼き付かない)ことなのであるといえます。 「出典」 |