ID-S43 転がり軸受はどのように進歩しているのか
 
 
 転がり軸受といっても、いろいろな機械の、いろいろな用途に使われています。また、外観だけからみると長い間、それほど技術が進歩しているとは思えないという意見もあるようです。最近の転がり軸受の技術進歩の動きについて以下に述べることとします。
 
 転がり軸受は、専門の工場で大量生産が始まった20世紀の初めから、その内径、外径、幅などの主要寸法と寸法公差まで標準化されていました。その後、回転精度さらに1940年代には転がり疲れ寿命の計算方法まで、国際的に標準化され、世界中の機械メーカーで互換性のある精密機械要素として使われてきました。このように標準化がすすみ、ボーダレスな商品特性をもつ機械や機械要素は、現在でも他に例を見ません。
 
 そのため、外観だけを眺めると、長い間、何の変化もないように見えがちです。しかし、その内部を見ると最近の先端技術を採り入れ、大きく変化しています。
 
●超精密技術の進歩
 その第1は、超精密技術の進歩です。まず超精密加工技術については、研削、超仕上げ、ラップ加工など加工機械のインテリジェント化と加工方法の超微細化によって、正しい形状精度を保ちながら、鏡面に近い小さい表面粗さを短時間に得るための研究・開発が進められています。そして、同時に超精密に加工された形状精度をナノメートルの精度で正確に評価する超精度計測技術の進歩も著しいです。
 
 さらに、最近では加工表面を軸受の要求する機能に合わせて、分子・原子のレベルで改良する表面改質技術の研究も始まりました。
 
 そして、例えば家庭用のVTRやパソコン用のハード・ディスク・ドライブ(H.D.D)などに使われている玉軸受の玉の精度は、国際的にも最高の規格であるISO=JIS等級3が普通になっています。すなわち、玉の真球度0.08μm以下、表面粗さ0.012μmRa以下の寸法および形状精度です。この玉の精度を具体的なイメージにすると、直径10mmの等級3の玉を地球の大きさまで拡大したと仮定すれば、真球度0.08μmは104m、表面粗さ0.012μmは16mに相当します。地球上で16mは奈良の大仏像の高さ、100mは新宿副都心の超高層ビル群の半分の高さです。
 
 そして、軸受の内輪と外輪も玉の精度に見合う精度に超精密加工され、超精密計測されています。これらの玉軸受を組込んだスピンドルの軸振れは、サブ・ミクロンの精度で実用化されています。
 
 この程度の高精度になると、軸受が組込まれる機械の軸とハウジングの形状と組立ての精度も、軸受の精度程度に良くしなければなりません。また、軸受の洗浄、組立てなどの取扱いは、コンタミネーションの大きさが軸受精度と同じ程度になり、無視できなくなるので、超LSIと同じように、サブ・ミクロンのコンタミネーション・コントロールされたクリーン・ルームの中で行なわれます。
 
 このような超高精度の軸受を大量に安定して生産する技術は、現在、日本のメーカーしかできません。従って、超高精度のスピンドルを大量に必要とするVTRやHDDは、日本が世界の供給基地になっていると云えます。
 
●材料と熱処理技術の進歩
 第2は軸受の材料と熱処理技術の進歩です。1960年頃までは、日本の転がり軸受の寿命は欧米の軸受に劣ると云われていました。しかし、1960年代に軸受材料の製造工程に真空脱ガス法が全面的に採り入れられ、さらに材料とその熱処理に関する基礎的な研究が実用化されるに及んで、軸受寿命は欧米の軸受に優るとも劣らないまでに延長されました。そして、最近では当時の軸受寿命の10数倍以上に達する軸受も製造することができるようになっています。
 
 軸受の寿命は、転動体(玉またはころ)と内輪・外輪の軌道との間の転がり接触面内で繰返される応力によって、材料が疲れ破壊するのが原因です。材料の中に酸素O2があると、不純物である硬い酸化物系の非金属介在物Al23やCaO・Al23などをつくります。これらが、転がり接触応力の場の中にあると、応力集中源になって転がり疲れの起点であるクラックを発生させ、寿命を短かくします。従って、材料の中のO2の量を出来るだけ少くすることが長寿命をもたらすことになります。
 
 図1に軸受材料の中のO2量の年代による減少の様子を示し、図2にO2量と転がり疲れ寿命の関係を示しました1)
 

 
図1 軸受用鋼の酸素量の推移
 
 

 
図2 鋼中の酸素量と転がり疲れ寿命
 
 
 これが、最近の軸受の材料と熱処理の外からは見えない技術進歩です。
 
●トライボロジーの進歩
 第3はトライボロジーの進歩です。その中でも、転がり接触面に関する弾性流体潤滑(Elastohydrodynamic Lubrication=EHL)の進歩が著しいといえます。
 
 転がり軸受の転動体と軌道との間の接触応力は、最大で300〜400kgf/mm2まで使われることがあります。このように大きな応力では、普通に使われる潤滑油の油膜は静的に破断します。また、従来の古典的な流体潤滑理論では、油膜厚さは表面粗さのオーダ以下になり、動的な油膜形成も考えられない条件です。
 
 しかし、実際に軸受を長期間回転させても、転動体と軌道の表面損傷は少なく、摩耗もおこらないことが多いようです。このことは、実際には転がり接触面に何らかの強固な油膜の存在を推定させます。
 
 この不可解な問題が、1960年代にEHL理論によって解かれました。すなわち、転動体と軌道との間の接触面が接触応力によって弾性変形すること、潤滑油は大きな圧力を受けると粘度が指数曲線的に増加(高圧粘度)することを考慮に入れて、古典的な流体潤滑理論を転がり接触面に適用しました。この方程式は解析的には解けませんが、コンピュータを駆使した数値計算によって、形成される油膜厚さと圧力の計算式が導かれ、多くの実験との比較もなされました。
 
 その結果、転がり軸受の中の転がり接触面の中にも、図3のように、数μm程度のEHL油膜が形成されることが明らかにされました。これによって、従来からの疑問は解消し、さらに、転がり軸受の中にEHL油膜の形成を前提とする設計と応用技術の研究・開発が始まりました。
 

 
図3 弾性流体潤滑油膜と圧力分布
 
 すなわち、従来は接触形軸受に分類されていた転がり軸受は、油膜軸受、気体軸受、磁気軸受のように、軸と軸受の間を非接触に保つ非接触形軸受の仲間入りをすることが可能になりました。これは、転がり軸受の摩擦、摩耗、焼付き、音響・振動など、いろいろな機能の上からみて、大きな技術進歩です。
 
●以上、外観からは見えない転がり軸受の最近の技術進歩の動向を、超精密、材料、トライボロジーの側面から述べました。これ以外にも、多くの技術進歩が軸受の中におこっていることは云うまでもありません。
「参考文献」
  1)杉山博昭:軸受材料の最近の動向、NSK Tech. J. No.646 (1986) 8

「出典」
ベアリングQ&A 月刊トライボロジ1990.2 P32-33
 
 

 
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