ID-S44 転がり軸受に対するニーズ
 
 
 転がり軸受に対して、最近の先端技術を使った機械やメカトロニクスは、どのようなレベルの機能をニーズとして要求しているのでしょう。
 
 いま、社会の発展に応じて変化しつつある最先端の機械や限りなく人間の働きに近づこうとしているメカトロニクスが、その軸受に要求しているニーズを表に示しました。
 
●高信頼度化:機械には、その寿命までの保証期間の間は絶対に故障してはならないものもあります。そして、機械の故障の多くは、その運動部分すなわち軸受におこることが多いです。そこで、転がり軸受にとって、本質的にさけることのできない材料の転がり疲れ寿命については、1940年代から90%の信頼度で推定できる計算式が、国際的にも標準化されてきました。
 しかし、最近では宇宙機器、航空機、高速車両、コンピュータの磁気記憶装置など絶対に故障してはならない機械が増えてきました。そのため、信頼度は90%以上、99%さらに100%の信頼度で寿命を計算することも可能になっています。
 
●軸受材料の長寿命化:転がり疲れ寿命を延すには、鋼中の酸素量を少くすることが有効です。最近の真空脱ガス鋼では、酸素量は5ppmのレベルに達しています。そして、その寿命は、最新の冶金学と熱処理技術の研究成果も加え、大気溶解鋼時代の数十倍が可能になっています。
 また、転がり接触面に油膜が形成されず、金属表面が直接接触するような使用条件や、ごみ・摩耗粉・水分などが接触面内に介在する場合には、表面を起点とするクラックによる早期寿命になることが明らかになりました。さらに、軸受がそのような使われ方をされても、寿命が短くならないような軸受材料・熱処理技術も求められ、その要求にも応じられる軸受が開発されています。
 
●軸受構造による高負荷容量化:転がり疲れ寿命の計算式によれば、その寿命を長くするためには、転動体の大きさを大きくし、その数を多くすればよい。そのような設計をすると、軌道輪と保持器が薄くなり、その強度が問題になる。すなわち、軸受構造によって軸受を高負荷容量化して転がり疲れ寿命を延すためには、軌道輪と保持器を強度の立場から極限設計しなければならない。現用されている軸受には、そのような設計がなされている。保持器材料に弾性をもたせ、大きな変形にも耐えられるようにしたプラスチック保持器も、この設計思想にはいる。
 
表 転がり軸受に対するニーズ

 
 
●密封軸受化:機械の設計と保守の上からも、軸受を使う機械が寿命になって使えなくなるまでの間、給油の手間が無いことが望ましい。それを実現したのが、シールまたはシールドを使った潤滑グリース密封形の軸受である。現在、玉軸受の個数の80%以上が密封形になっており、ころ軸受でも自動車、鉄道車両、圧延機などに使用が増えている。
 
●潤滑グリースの長寿命化:密封形の軸受が増えれば、その中に予め封入される潤滑グリースの寿命が問題になる。グリースの潤滑寿命は焼付き、音響・振動の増大、面荒れによる精度不良などによって判定される。そして、多くの場合、グリース寿命は転がり疲れ寿命より長いことが必要である。
 そのため、軸受の使用目的と使用条件に応じて、いろいろのグリースが研究・開発されている。そして、実機をシミュレートした試験条件で、軸受の機能と寿命の信頼性試験を行った後に、封入されるグリースの種類と量が決定されている。
 
●小形化:いま、最小の軸受は内径1mm、外径3mm、幅1mmの深溝玉軸受である。
 
●ユニット化:転がり軸受の内輪溝や外輪溝を直接、軸やハウジングに加工し、軸受まわりの部品を含めてユニット化を計り、機械の小形・軽量化と同時に、組立て・調整の手間を省く軸受が増えている。古くからは自動車の水ポンプ軸受、最近では自動車のハブ軸受、VTRの軸付き軸受などがある。
 
●高速化:高速化は長寿命と低摩擦と並んで、軸受にとって終りのない研究課題である。転がり軸受の高速の程度を表わすのにdn値がある。dは軸受内径mm、nは回転速度rpmで表わしたときの積の値である。一般にdn値が100万以上のときに高速軸受と呼ばれる。
 高周速の軸受の例では、航空ジェット・エンジン主軸の軸受がある。現在、内径100〜250mmの玉または円筒ころ軸受が、dn値230万で実用され、300万が実験室で実現し、350万が将来の目標になっている。
 高回転の軸受の例では、歯科用ハンドピースの玉軸受がある。内径3mm、外径6mm、幅2mmの軸受が40万rpmで実用されている。
 
●低摩擦化:摩擦モーメントが小さいことを要求する軸受には、ジャイロのスピン軸、VTR、HDD、FDDなどの小形玉軸受が多い。摩擦の絶対値とその変動を小さくするためには、軸受と保持器の形状と精度、また潤滑剤にいろいろの工夫をする。低温から高温までの広い温度範囲にわたって、摩擦モーメントが小さい特性を要求される場合には、微量の油で潤滑した玉軸受が良い。
 
●低温度上昇化:軸受の温度上昇を低くすることを要求される軸受には、工作機械の主軸がある。それは軸受の温度上昇が加工精度を悪くするからである。
 そのためには、玉だけをセラミックスにしたハイブリッド軸受を、少量のグリース潤滑で使ったり、オイル・ミスト潤滑、オイル・エア潤滑、オイル・ジェット潤滑などによって、軸受を強制冷却することが実用されている。
 
●低振動・低騒音化:転がり軸受には転動体や保持器があるため、一般に滑り軸受よりも音響・振動が発生し易いとされている。しかし、転動体と軌道にラップや超仕上げなどの超精密加工をし、その間に弾性流体潤滑油膜を形成させることによって、現在では滑り軸受に匹敵する低騒音で低振動の軸受が大量に生産できるようになっている。
 
●大形化:現在、軌道輪が一体形で最大の軸受は外径8m、軌道輪を分割して最大外径15mの軸受がつくられている。
 
●高精度化:高精度の転がり軸受を使ったスピンドルの軸振れは0.2μm程度が可能である。メカトロ機器では、繰返し性のない周波数成分の振れが嫌われる。
 
●高剛性化:転がり軸受は予圧によって軸受すきまを殺し、ガタを無くして使えるのが特長である。さらに予圧量を増やすことによって、軸受剛性は非線形で高めることができる。
 
●耐高温化:耐熱鋼やセラミックスを軸受材料として使うことにより、500℃程度の高温まで使われている軸受もある。その場合、潤滑油は蒸発して使えないので、金、銀、鉛などの軟質金属、二硫化モリブデンなどの固体潤滑剤の薄膜潤滑が使われる。
 
●耐低温化:マルテンサイト系ステンレス鋼を使って−162℃の液化天然ガス、−183℃の液体酸素、−253℃の液体水素の中で使われている軸受がある。
 
●耐極超環境化:宇宙空間では10-13mmHgの高真空、海水やシラン・ガスのような腐蝕性環境、放射線のある原子炉の中で使われる軸受のニーズがある。これらの環境に対しては、最適な軸受材料、潤滑剤、潤滑法が研究・開発されている。
「参考文献」
  1)角田和雄:転がり軸受システムの進歩、日本機械学会論文集(C編)52、477(1986)1487/1492
  2)K.KAKUTA:The State of the Art of Rolling Bearing System Technology, JSME Int.J.Series V 32, 2 (1989) 179/186
「出典」
ベアリングQ&A 月刊トライボロジ1990.3 P42-43
 
 

 
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