IS-S45 転がり軸受の寿命についてどんなことが明らかになってきたのか 機械や機械要素の中で、転がり軸受のように、形状、寸法から寿命の計算法に至るまで、国際的に標準化されている商品は、他にないとされています。 その中で、最近、転がり軸受の寿命について、色々な研究が行なわれ、今まで判らなかったことが、次々に明らかにされています。 ●軸受の寿命には2つの種類がある −転がり疲れ寿命と機能寿命− 転がり軸受が使えなくなるという意味での寿命には、2つの種類があります。 第1は、転がり接触面で繰り返されるHertzの弾性接触応力によって、材料が疲れ破壊をおこすことです。これは、軸受が転がり運動を利用するからには、本質的に防ぐことのできない寿命で、“転がり疲れ寿命”と呼ばれます。 第2は、転がり接触する表面の粗さが、摩耗などによって大きくなり、その結果として、軸心の振れ、音響と振動、摩擦モーメントの増大また焼付きの発生などの現象として現われます。そのため、その軸受を使った機械が本来の機能をはたすことができなくなり、軸受の寿命と判断されます。 その原因は、転がり接触面の潤滑不良であることが多いので、“潤滑寿命”とか“機能寿命”とか呼ばれます。この寿命は、軸受の潤滑剤・潤滑法および密封装置の改良によって、防ぐことができます。 一般に、転がり疲れ寿命は動力伝達を主な使命とする重厚長大の機械で発生し、主に情報を伝達する軽薄短小の機械では、機能寿命が問題になることが多いようです。 ●転がり疲れ寿命にも2つの種類がある −内部起点フレーキングと表面起点フレーキング− 材料の転がり疲れ寿命にも、2つの種類があることが明らかにされています。 1960年代に、転がり軸受に使われる軸受鋼の製鋼法は、大気溶解法から真空脱ガス法に変わり、鋼の中の酸素量が少なくなりました。そして、実験室での試験の結果、真空脱ガス鋼の転がり疲れ寿命は、大気溶解鋼の3倍以上になることが判りました。 事実、モータなどに使われる密封玉軸受の転がり疲れ寿命では、フィールドで3倍以上の寿命の実績が得られました。そして、モータ用玉軸受は重荷重用の63形から中荷重用の62形、さらに軽荷重用の60形にサイズ・ダウンされました。 しかし、自動車や圧延機などのシールまたはシールドを持たないオープン形の軸受では、寿命が延びた実績はフィールドでは得られませんでした。 多くの研究の結果、軸受材料の改良によって転がり疲れ寿命を長くすることができるのは、転がり疲れによる最初のクラックの発生が、転がり接触理論から予測計算され、ISOやJISで軸受寿命と定義されているような、表面下の内部の動的せん断応力が最大になる位置から起こる場合に限られることが判りました。そして、最初のクラックの発生が、表面から起こる場合には、材料の改良の効果は全く現れないことが証明されました。 そして、前者の場合は、転がり接触面の潤滑状態が良好で、転がり接触面に油膜が形成され、接触面で金属同志の直接接触がおこっていないこと、また後者は、転がり接触面の潤滑状態が悪く、油膜が形成されていなかったり、摩耗粉、外部からのごみや水分などが混入して、金属同志の直接接触がおこっている場合であることも判りました。 前者を、“内部起点フレーキング”と呼び、転がり疲れ寿命の予測計算式が適用できます。後者は“表面起点フレーキング”と呼ばれ、従来の寿命計算式では予測ができません。 ●油膜パラメータから転がり疲れ寿命を見ると では、転がり接触面の間に形成される油膜の良否は、どのように表わされるのでしょうか。1960年代から発達した弾性流体潤滑(EHL)理論によって、転がり接触面に形成される油膜の厚さが計算できるようになり、また実験による裏づけも得られました。EHLによる油膜厚さは、軸受荷重の影響をあまり受けず、回転速度による効果が大きいという特長をもっています。 そして、EHLによって形成される油膜厚さhが、転がり接触面の表面粗さσ1とσ2の和より大きいならば、転がり接触面に金属同志の直接接触がおこらないことになります。
と定義し、転がり接触面におけるEHL油膜の形成の良否が表わされています。一般に、Λ>1.5ではEHL油膜が接触面の金属同志の直接接触を防ぎ、Λ<0.8では直接接触がおこる条件とされています。 この油膜パラメータΛと多くの転がり疲れ寿命実験の結果の関係を示したのが図1です1)。この図においても、Λ<0.8では、表面起点フレーキングがおこり、寿命は急激に短かくなっていることが判ります。 ![]() 図1 油膜パラメータと転がり疲れ寿命 図2は、肌焼鋼の熱処理によって寿命を改善した材料を、油膜パラメータだけを変えて寿命試験した結果です2)。この図から、Λ=0.09でEHL油膜が形成されない場合には、材料による寿命延長の効果は全く表われませんが、Λ=2.5でEHL油膜が転がり接触面に形成される場合に、はじめて材料の熱処理が効果を表わすことを明瞭に示しています。 ![]() 図2 肌焼鋼の熱処理による寿命改善の効果 これらのことから、いくら良好な軸受材料を使っても、軸受の潤滑と使用の条件が悪く、転がり接触面に金属同志の直接接触がおこっている場合には、その効果は全く表われないことが判ります。これが、真空脱ガス鋼が自動車や圧延機のオープン形の軸受で効果を示さなかった原因です。 ●転がり疲れ解析を使って内部起点フレーキングに変える 以上のことから、転がり接触面では、材料の疲れが表面に表われるのか、内部に表われるのかが寿命にとって重要な問題になってきました。そこで、転がり疲れの程度をX線回析法による残留応力、半価幅、残留オーステナイト量の計測によって定量化できるようにしました3)。 そして、実験室で運転した軸受や実機で実用された軸受について、X線回析による転がり疲れ解析を行うことによって、表面付近あるいは内部のいずれかに疲れがおこっているのかを判定します。 もし、転がり接触する表面に疲れがおこっていれば、軸受の潤滑条件と密封装置を改良して、内部起点フレーキングが発生する条件に変更します。そして、軸受材料が本来もっている長い寿命を全うすることができるようにするのが、最近の軸受寿命のシステム設計のやり方です。 |
「参考文献」
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