ID-S48 運転中の転がり軸受の潤滑状態の良否を判定する方法は
 
 
 運転中の転がり軸受の転動体と軌道の間に、潤滑油または潤滑グリースによる油膜が形成されているかどうかを調べるために、油膜に起因する電気抵抗を測定する方法が実験室では行われています。
 
 しかし、この方法を実際の機械に応用するためには、軸受の内輪と軸または外輪とハウジングの間を電気的に絶縁することと、回転軸から電気信号を採り出すことが必要です。これらのことを、実際の機械の中で実行することは困難であることが多いです。
 
 そこで、軸受の中で転がり接触応力を繰り返し受けながら回転する、転動体または軌道の材料の内質変化をX線を使って計測、評価する方法が実用されるようになってきました。それは転がり接触面の油膜形成の状態が良ければ、材料の疲れは表面より下の内部におこり、油膜の形成が悪ければ、疲れは表面に近いところでおこることを利用する方法です。
 
●転がり接触面の内部に発生する応力は
 転動体が法線方向の荷重を受けながら軌道と線接触するとき、その接触部分の内部に発生する静的なせん断応力(τst)yzは、弾性接触理論から、図1(a)のように求められます。すなわち、せん断応力の最大値は、弾性接触幅を2bとすると、表面より下の内部で、深さ0.786bの位置に発生します。
 

 
図1 表面滑り摩擦力による内部応力分布の変化
 
 
 転動体に転がり運動をおこさせる駆動力は滑り摩擦力であり、それは表面に平行に働く接線方向の負荷になります。このときの内部応力は、図1(b)のように法線方向と接線方向の負荷による内部応力を重ね合わせることによって求められています1)。すなわち、接線力は材料内部に発生するせん断応力の大きさを大きくし、また、その最大値の発生位置を表面に近づける働きをします。そして、表面の滑り摩擦係数が0.25以上になると、せん断応力が最大になる位置は表面に露出します。
 
 すなわち、転動体と軌道との間の潤滑状態が悪くなると、材料の疲れは内部ではなく、表面に近づいた位置に発生することが、理論的にも明らかにされています。
 
●転がり疲れの状態を測定する
 転がれ接触面における材料の疲れの進行程度は、X線による残留応力、回折線半価幅、残留オーステナイト量の変化の測定によって求めることができます2)。これらのX線計測値を、まとめて1つのパラメータとして、疲れインデックスとします。そして、いろいろの軸受形式、運転条件、潤滑状態について、軸受の耐久寿命まで回転試験を行い、図2のようになることがわかりました3)
 

 
図2 寿命に至るまでの疲れインデックスの変化
 
 
 図2において、内部起点疲れとは、潤滑状態が良好で、転がり接触による材料の疲れが、表面より下の内部に発生するせん断応力によって決まる場合です。表面起点疲れとは、潤滑状態が悪いか、またはごみ、摩耗粉、水分などコンタミネーションによって、油膜が破断し材料の疲れが表面に発生する場合です。
 
●潤滑の状態が良いときには
 油膜パラメータΛ≒3で、転動体と軌道の間に表面粗さより大きい弾性流体潤滑(EHL)油膜が形成される場合には、疲れインデックスは、表面からの深さ方向に対して、図3のように変化します3)
 

 
図3 疲れインデックスの時間的変化(Λ┤0.25)
 
 
 すなわち、材料の疲れは弾性接触理論による計算のように、せん断応力が最大になる、表面より下の内部において大きくなるパターンです。
 
 このような疲れインデックスのパターンが得られる場合には、軸受の中の潤滑状態は良好と判定することができます。そして、この場合の軸受寿命は、軸受カタログから求められる計算値の通りになります。
 
●潤滑の状態が悪いときには
 油膜パラメータΛ≒0.25で、転動体と軌道の間に表面粗さより小さいEHL油膜しかできない場合には、疲れインデックスは、表面からの深さ方向に対して、図4のように変化します3)
 

 
図4 疲れインデックスの時間的変化(Λ┤3)
 
 
 すなわち、材料の疲れは、表面が著しく、内部にはいるに従って小さくなるようなパターンになります。
 
 このような疲れインデックスのパターンになる場合には、軸受の中の潤滑状態が悪いか、ごみ・摩耗粉・水分などのコンタミナントの侵入のために、表面で金属同士の直接接触がおこっているときです。
 
 そして、このような場合には、軸受はその材料が本来もっている転がり疲れ寿命を全うすることができず、軸受カタログから求められる計算値に比べて、著しく短い軸受寿命を示すことになります。
 
●潤滑の状態を変えてみると
 実際の運転状態で使われた軸受を疲れ解析し、その表面からの深さ方向の疲れインデックスのパターンを調べると、運転中の潤滑状態の良否が明らかになることがわかりました。そこで、潤滑の状態が悪い場合には、潤滑または密封装置を改善したり、コンタミナントが軸受の中に侵入することを防止することによって、軸受寿命を延長することができます。
 
 図5は、自動車のトランスミッション用軸受に、シールを改良した密封クリーン軸受を使用し、開放【オープン】形軸受を使っていた場合に比べて、軸受寿命を著しく、改善した実例を示したものです3)
 

 
図5 密封クリーン軸受による寿命改善
 
 
 このように、材料の疲れ解析によって軸受の運転状態における潤滑の状態の良否を判定できます。そして、その潤滑と密封装置とコンタミネーションの状態を改めることによって、軸受寿命の延長を計るのが、最近の軸受システムにおける寿命設計の動向です。
「参考文献」
  1)J.O.Smith & C.K.Liu;Stresses due to tangential and normal load on an elastic solid, Trans. ASME, Series E, J. Appl. Mechanics, 20 (1953) 157.
  2)古村・城田・藤井:転がり軸受の疲労解析(第1報)、NSK Brg. J. No. 643 (1982) 1/10;(第2報)No. 644 (1984) 1/6;(第3報)No. 646 (1986) 18/25.
  3)A.Tanaka, K.Furumura & T.Ohkuma;Highly Extended Life of Transmission Bearings of "Sealed-Clean" Concept, SAE Paper 830570 (1983) 1/12.
「出典」
ベアリングQ&A 月刊トライボロジ1990.7 P46-47
 
 

 
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