ID-S53 密封玉軸受の潤滑グリースの寿命はどのようにして決まるか
 
 
 転がり軸受の特長の1つは、グリースを潤滑剤として使うことができることです。それによって、潤滑と密封のための装置を簡略化することができます。そこで、軸受のシステム設計の際に、潤滑グリースの寿命が重要になります。密封玉軸受の潤滑グリースの寿命が、どのようにして決まるのかについて以下に述べることとします。
 
 いろいろある転がり軸受の形式の中でも、深溝玉軸受は1個の軸受でラジアル荷重とアキシアル荷重の両方を同時に受けることが出来る便利な軸受である。そのため、転がり軸受の中で、最も多く使われている軸受形式です。
 
 そのうえ、標準寸法の軸受に、図1に示すようなシールまたはシールドを付加し、軸受メーカーで予め潤滑グリースを封入した密封玉軸受があります。現在使われている玉軸受の個数の80%以上は、この形式です。
 

 
図1 密封玉軸受の種類
 
 
 そのため、この軸受の中に封入される潤滑グリースは、軸受メーカーにとって、重要な軸受部品の1つと考えられています。
 
●潤滑グリースとは
 潤滑グリースは、基油と呼ばれる天然産の鉱油または人工の合成油に、増稠剤と呼ばれる3次元構造をもった親油性のある微細な固体を、5〜20%分散させ、半固体のペースト状にした潤滑剤です。
 
 増稠剤には、脂肪酸の金属塩である金属石けん、脂肪酸と有機酸を組合わせた複合石けん、有機系非石けん、無機系非石けんなどが使われています。
 
 増稠剤のために、グリースは静止した状態では固体として挙動するが、激しくかき混ぜると軟化して液体に近くなるという、非ニュートン流体の性質をもつようになります。
 
 したがって、転がり軸受が停止しているときには、グリースは固体になって流出せず、回転してグリースがせん断を受けると流動化して、ほぼ基油の状態になって潤滑の役目をはたし、回転が停まればまた元の固体に戻るようになります。
 
 そこで、三次元構造をもった固体である増稠剤が、軸受の回転運動のために、機械的に破壊されて基油を保持する能力を失うのと、軸受の中の摩擦面で発生する熱によって、基油と増稠剤が化学的に劣化することの2つの原因によって、グリースとしての寿命に至ることが予測されます。
 
●密封玉軸受の寿命はまず潤滑グリースから
 転がり軸受の寿命は、転がり接触応力の繰返しによって発生する材料の疲れが原因であるフレーキング寿命と、潤滑不良が原因で軸受表面が摩耗し、その結果、摩擦、振動・音響、軸振れの増大や焼付きなどで軸受が役に立たなくなるような機能寿命の2つの種類があります。
 
 転がり疲れによる寿命は、軸受が負荷を受けて回転する以上、避けることのできない寿命なので、機能寿命が転がり疲れ寿命より長くなるように軸受システムの潤滑設計をすることが、軸受本来の使い方ということになります。
 
 そこで、密封玉軸受では、使用される条件に合わせて最適のグリースを選定し、封入することによって、転がり疲れ寿命より長い潤滑−機能寿命を保証することが大切になります。
 
●密封玉軸受のグリース寿命を推定する
 密封玉軸受のグリース寿命を推定する実験式には、多くの実績と実験の結果から、次のような式が使われています1)
 
 使用温度範囲−10〜110℃程度で使われる鉱油系の汎用グリース(例えば、Li石けんグリースなど)では、
 
 log t=6.54−2.6n/N−(0.025−0.012n/N)T…(1)
 
 使用温度範囲−40〜130℃程度の広い温度範囲で使われる合成油系のワイドレンジ・グリースでは、
 
 log t=6.12−1.4n/N−(0.018−0.006n/N)T…(2)
 
ここで、t:平均グリース寿命(h)、n:軸受の回転速度(rpm)、N:グリース潤滑での軸受の許容回転速度(rpm)で、カタログに軸受ごとに示されています。T:軸受の運転速度(℃)です。
 
 これらの式が適用できる範囲は、次のようになります。
 
・軸受の回転速度n:
 0.25≦n/N≦1
 n/N<0.25のときは、n/N=0.25とする
 
・軸受の運転温度T:
 汎用グリースの場合 40℃≦T≦120℃
 ワイドレンジ・グリースの場合 40℃≦T≦140℃
 ともに、T<40℃のときは、T=40℃とする。
 
・軸受荷重:
 基本動定格荷重Crの1/10程度あるいはそれ以下。
 式(1)および(2)による計算の結果を図2に示しました。
 
 グリース寿命は、軸受温度と回転速度の増大によって減少することが分かります2)
 

 
図2 密封玉軸受のグリース寿命
 
 
●潤滑グリースの劣化を捕える
 化学的にみたグリースの劣化は、酸化の程度を示す全酸化、添加剤としての酸化防止剤の残存量、熱による基油の酸化・重合・縮合の程度を示す分子量分布の変化などで捕えることができます。
 
 物理的にみたグリースの劣化は、グリースもれ率、油分離率、鉄摩耗粉の量と形態などで評価できます。
 
 これらのグリース劣化度の測定方法を表1に示しました2)。ほかにも、定量的な評価がむずかしいが、増稠剤の物理的な形状の変化を走査電子顕微鏡で、化学的組成の変化を赤外分光計で測定することもできます。

表1 潤滑グリース劣化度の評価法
グリース劣化の指標試料量分析法
化学的全酸価50mg電位差滴定
酸化防止剤量20mgゲル・パーミェイション・クロマトグラフ
(GPC)
分子量分布
物理的グリースもれ重量天秤
油分離率50mg原子吸光分析
鉄摩耗量
摩耗粉の形態20mgフェログラフィー
 
 
 多くの実験の結果から、グリース寿命はまず化学的な劣化がおこり、その結果として物理的な劣化が始まります。また、化学的劣化は低速回転でも高温になると発生し、物理的劣化は低温でも高速回転の時におこることが分っています3)
 
●潤滑グリースの残存寿命を確定する
 いろいろな種類の潤滑グリースを密封玉軸受に封入して、グリース寿命まで回転させました。多くの実験の結果から、潤滑グリースが劣化し、使えなくなる限度を示す指標として、表2のような値が得られました2)

表2 グリース劣化指標の使用限界値
 グリース劣化の指標  使用限界値 
全酸価
酸化防止剤量
グリースもれ率
油分離率
鉄摩耗量
3mg-KOH/g
0%
50%
40%
0.1%
 
 
 この値を使って、実際の軸受に使用した封入グリースから採取した試料からグリースの劣化度を測定し、グリースの残存寿命を推定することができます。すなわち、図3に示すような使用経過のグリースが、劣化限界値に達するまでの時間を推定すると、5〜7年の寿命になります。この寿命推定値は、ワイトレンジ・グリースの寿命推定式(2)を用いて予測した値の6.88年に近いです2)
 

 
図3 グリース残存寿命の推定法
 
 
 図3の例は、密封玉軸受6202にワイドレンジ・グリースを封入し、150Wのモーターに組込んで、60℃、1500rpmで回転させたものです。
「参考文献」
  1)日本精工:転がり軸受カタログNo.140 (1990) A107
  2)外丸雅美・鈴木富太・伊藤裕之・鈴木利郎:密封玉軸受のグリース寿命とグリース劣化,NSK Tech. J. No.647 (1987) 19/25.
  3)H.Ito, M.Tomaru & T.Suzuki:Physical and Chemical Aspects of Grease Deterioration in Sealed Ball Bearings, Lub. Engg. 44-10 (1988) 872/879.
「出典」
ベアリングQ&A 月刊トライボロジ1991.2 P34-35
 
 

 
Copyright 1999-2003 Japan Lubricating Oil Society. All Rights Reserved.