ID-S58 転がり軸受の保持器についてどのようなことが明らかになっているのか
 
 
 もし保持器がないと、転動体(玉またはころ)は隣同士の接触部分で、互に反対方向の滑り接触をするので、2倍の相対滑り速度になります。そのため焼付きや摩耗をおこし易くなります。
 
 保持器の働きの第1は、転動体を互に接触しないように等間隔に分離すること。第2は、転動体が起動輪から脱落しないように保持すること。第3は、転動体の回転の案内をし、駆動することです。
 
 保持器は軸受荷重を直接には負荷しないので、例えばプラスチックスのように、強度がそれほど大きくない材料でも使うことができます。一般には、強度よりも低摩擦、低摩耗、耐焼付きのようなトライボロジ特性の優れたことが要求されます。
 
●保持器はすきまの中で自由に動ける
 保持器には転動体との間にポケットすきま、起動輪との間に案内すきまをもち、軸受の中で、これらのすきまが許す範囲内で3次元的に自由に動けるように設計されています。
 
 したがって、鉄道車輌の車軸や鉄鋼の圧延機のロールネック軸受のように、大きな衝撃荷重を常時受けるような場合には、保持器は大きな加速度で軌道論または転動体と衝突を繰返します。そのため保持器に衝撃応力が発生し、その繰返しでリベット部分や保持器本体が疲れ破壊をおこすこともあります。
 
●ラジアル荷重またはアキシアル荷重だけを受けるときは
 保持器には、軌道輪の肩の部分との間の案内すきまの与え方によって、転動体案内、外輪案内、内輪案内の3つの方式があります。
 
 小形軸受では、保持器の内径側と外径側のどちらも内輪、外輪とは接触しないように設計してあるので、保持器は転動体によってのみ回転の駆動と案内を受けます。これを転動体案内保持器と呼びます。
 
 大形軸受では、保持器の外径面を外輪の肩部に接触させるか、保持器の内径面と内輪の肩部との間を積極的に接触させて、保持器の回転の案内を行います。前者が外輪案内、後者が内輪案内の保持器です。
 
 軸受の普通の使い方である内輪回転で外輪静止の場合、転動体案内の保持器では、図1のように1)、保持器はポケット面の回転方向の側で、軸受の負荷帯の中にある転動体と滑り接触します。そして、その転動体から駆動力を受けて回転します。外輪案内の保持器でも、同様に負荷帯の中にある転動体から、回転のための駆動力を保持器ポケットの回転方向の側で受けて回転します。しかし、保持器は外輪案内面で発生する滑り摩擦力によって、回転に対するブレーキの作用を受けます。
 

 
図1 保持器の案内形式と駆動・制動
 
 
 これに対して、内輪案内の保持器では、内輪案内面と保持器との接触面において、内輪案内面の周速は転動体の公転速度で決まる保持器案内面の周速より常に大きくなります。したがって、保持器は内輪案内面において、その滑り摩擦力によって回転に対する駆動を受けます。そのため、負荷帯の中の転動体は保持器ポケットの回転方向と反対側で接触しながら、保持器の回転速度を制動し、規正します。
 
 軸受の負荷帯の中で、転動体が保持器ポケット面と接触する部分に働く回転方向の力は、保持器の案内面に作用する上述の滑り摩擦力によるモーメントと釣合う大きさの力になります。したがって、これらの力の大きさは保持器の強度にとって問題になるほど大きくならないのが普通です2)
 
●内輪と外輪が互に傾けられて使われると
 軸受がラジアル荷重とアキシアル荷重の合成荷重やモーメント荷重を受ける場合、また軸とハウジングの軸受を取付ける部分の精度が悪くて取付誤差がある場合には、内輪と外輪が互に傾けられながら使われます。このとき、ころ軸受では、ころにスキューなど不具合な運動がおこります。玉軸受では、軸受の中のどの位置でも玉の接触角が互に異る値をもつようになります。そして、玉の公転速度は接触角によって変ることになります。
 
 いま、外輪が取付誤差によって傾けられた状態でアキシアル荷重を受ける玉軸受の例を示します。図2のように、外輪を矢印の方向に傾けると、αmax−1および−2の位置で玉の接触角は極大値を示し、αmax−1の位置で玉の接触荷重は最大になります。
 

 
図2 外輪の傾きによる玉の荷重分布
 
 
 玉の中心の公転速度Bは、図3に示すように3)、接触角αとともに変化するのに対し、保持器ポケット面は一定速度Cで公転します。そして、時間の経過に対して玉の進む距離Bは曲線状になるのに対して、保持器ポケットの進む距離Cは直線になります。玉の保持器ポケット面に対する遅れと進みを示す(BC)の値が、ポケットすきまCより大きくなる位置で、玉と保持器ポケット面が接触し干渉をおこします。そして、玉がポケット面を押す力FB-Cとポケット面が玉を押す力FC-Bが発生し、保持器の回転毎に繰返されます。
 

 
図3 玉と保持器ポケット面の接触位置
 
 
 興味のあることは、玉−保持器との間に発生する力は玉と保持器の速度の差ではなく、進行距離(excursion又はtravel)の差で発生すること、その発生位置は玉の最大接触荷重の位置ではなく、その前後になることです3)
 
●保持器ポケット面の力が合成されると
 それぞれの保持器ポケット面に作用する力が合成されて合力になると、図4のように1)、保持器全体を1つの方向に動かす力になります。
 

 
図4 玉−保持器ポケット間の力と保持器案内面に働く力
 
 
 この力は転動体案内保持器では、それぞれの転動体が分担して負荷します。外輪または内輪案内保持器では、外輪または内輪の案内面でその負荷を受けます。そのため、保持器の案内面が焼付きや摩耗をおこすことがあります。また、この力によって、保持器は円環として繰返しの曲げ応力を受けることになります。
 
●保持器が疲れ破壊をおこすのは
 上述の保持器の円環としての繰り返し曲げのほかに、保持器ポケット面に働く力によって、図5のように1)、保持器に引張応力と圧縮応力が発生し、これが保持器の回転毎に繰返されます。そして、この応力が保持器材料の疲れ破損限度を越えると疲れ破壊をおこすことがあります。
 

 
図5 玉−保持器ポケット間の力と保持器応力
 
 
 転がり軸受の寿命を延し、負荷容量を増すためには、転動体の数とその大きさを増すことが有効です。そのためには、保持器をその必要とする強度の限界まで、薄肉化する極限設計が求められます。この面からも、保持器についての研究がすすめられています。
「参考文献」
  1)岡本純三・角田和雄:転がり軸受、(1981)幸書房、174
  2)角田和雄:玉軸受の保持器に作用する力(第1報)(第2報)、日本機械学会論文集、32-239 (1966) 1164/1175:1176/1186.
  3)角田和雄:玉軸受保持器の強さ、NSK Brg. J. No. 621 (1967) 1/15
「出典」
ベアリングQ&A 月刊トライボロジ1991.7 P46-47
 
 

 
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