ID-S63 転がり軸受産業はどのように発達してどのように変わっていくのか
 
 
 日本の転がり軸受は、現在、世界中で高い評価を受けています。このような産業に発達した歴史的な経過はどうか、また、今後はどのように変化してゆくのでしょう。
 
 ベアリングは“機械の米”とも呼ばれ、相対運動する部分を必ずもつ機械には、欠くことのできない精密な要素部品です。機械の中の相対運動を案内する表面は、直線運動、回転運動、螺旋運動によって設計されるのが普通です。そして、そのそれぞれの運動に対応する精密機械要素が、“直動案内”、“軸受”、“送りねじ”であり、そのそれぞれに“滑り運動”を利用するものと、玉またはころの“転がり運動”を利用するものがあります。そして、これらの機械要素の総称として“ベアリング”という言葉を使うことがあります。
 
 このうち、回転運動を転がり案内する精密機械要素である“転がり軸受”の産業について、その発展の跡をたどり、将来の展望を試みたいと思います。
 
●自動車とともに
 転がり軸受が一国の基幹産業として成立した時代は、アメリカ、欧州、日本とも個人用の耐久消費財である自動車の大量生産が始まった時期と一致します。今では、乗用車1台当り70〜100個の転がり軸受が使われています。
 
 日本で転がり軸受の生産が始まったのは、1916年日本精工によってです。それから太平洋戦争の終る1945年までは、転がり軸受は軍需品として、車両、航空機、艦船などに使われました。
 
 1945年(昭和20年)代は、戦後復興のための傾斜生産に使う鉱山、製鉄、鉄道、紡績などが主な需要先であり、1950年に始まる朝鮮戦争の特別な需要増によって、転がり軸受産業の復興が成りました。
 
 1955年(昭和30年)代は、三種の神器と呼ばれた洗濯機、掃除機、冷蔵庫の家庭電化の時代でした。日本の狭い家庭で使われるこれらの機械には、騒音のレベルの極めて小さい軸受が要求されました。そのために、軸受の軌道と転動面には超仕上げ加工が全面的に導入されると同時に、ウェイボメータ、アンデロメータ、音圧計などの振動と騒音の測定機が生産の現場でも使われるようになりました。そして、このことが日本の玉軸受が、国際品として世界市場に受け容れられる基盤の1つになったのです。
 
 1965年(昭和40年)代になると、マイカー、クーラ、カラーTVの3C時代を迎えます。
 
 自動車の要求する長寿命に応えるために、鍛造比を高めた成形加工と真空脱ガス法が軸受用鋼材に全面的に導入され、材料と熱処理の基礎研究も活発に進められました。これによって、日本の転がり軸受は、耐久性の面でも世界の水準を越えて、名実ともに国際品としての名声を確立しました。
 
 この間、生産技術の面でもオートメーション生産方式が開発され、品質管理・保証システムの完成と相まってコスト競争力も向上しました。
 

●情報機械の時代へ
 1975年(昭和50年)代には、マイクロ・コンピュータを中核にすえた映像と情報の機械の時代を迎えます。
 
 それまで工作機械の主軸やコンピュータの固定磁気記録装置(HDD)によって育てられてきた高精度で低振動の軸受技術が、民生用のVTRのシリンダー(ドラム)用軸受でも開花しました。さらにフロッピーディスク装置(FDD)、普通紙複写機(PPC)などの情報機械のパーソナル化によって、情報伝達を主な目的とする超小形軸受の時代になります。
 
 この時代の軸受の基盤技術は、弾性流体潤滑(EHL)です。これによって、転がり軸受も油膜による非接触軸受化の理論的、実験的根拠が与えられました。このことが超精密加工、材料、潤滑剤のさらなる進歩を促し、転がり軸受の設計思想の革新と品質における目には見えない飛躍的な進歩がおこりました。
 

 
 
●次世代の軸受は
 今後の転がり軸受はどうなるでしょうか。
 
 その第1は、軸受の超高機能化です。“超”を冠した長寿命、高負荷容量、低摩擦、低温度上昇、低振動・騒音、耐高温、耐低温、耐真空、耐腐食……など、軸受の機能の極限を極める研究・開発です。
 
 そのために、いろいろな方法を駆使した表面改質、セラミックスやプラスチックスなどの新素材、ナノ・メートルを単位とする超精密な加工と計測、コンピュータを駆使して解析する有限要素法や軸受の動的解析など、あらゆる先端技術を活用することによって、軸受技術の研究と開発に革新をおこす必要があります。
 
 それによって、航空・宇宙、光、情報・通信、半導体、医療など、21世紀のオプト・メカトロや先端産業群の機械の“米”を準備しておかなければなりません。
 


 
 
●ソフトウエアを加えた軸受に
 次世代の軸受の特長の第2は、軸受の情報産業化です。現在、生産されている軸受の大部分はOEM納入されています。その中で同じ乗用車用、VTR用の軸受と呼ばれていても、そのメーカーごとに異なった設計仕様であるのが普通です。そして、軸受の研究・開発・設計部門では、ユーザーごとに異なる荷重、回転速度、温度、雰囲気などの条件に合わせて、その機械の要求する機能と寿命を満足させるように、軸受の内部設計、軸受すきま、内・外輪のはめあい、シール、潤滑剤、潤滑法などを選定します。さらに、多くの信頼性保証のための機能および寿命試験を実施した後に、初めて軸受の設計仕様が確定するのです。
 
 すなわち、転がり軸受は、それを使う機械の寿命に至るまでの間、その機能を高い信頼度で保証するという、一種のソフトウエアを情報として付加して、初めて完全な形の商品になるように変わってきています。これは、情報産業化あるいは2.5次産業化した転がり軸受産業とでも呼ぶことができます。
 
●完全オートメ生産へ
 次世代軸受の問題の第3は、生産方式です。
 
 為替の変動によって生産費が大きく変化する時代になりました。1985年以降の円高による日本の人件費の相対的な高騰等です。そのため、生産コストを低く保つための方法は、生産を低賃金の発展途上国に移すか、徹底的な自動生産化を図ることによって、コストの中の人件費分を低めることです。ただし、後者の方法には、技術開発の必要と設備投資が大きくなるという問題があります。
 
 1980年代後半の円高に際して、日本の転がり軸受産業の中では、その生産をNIES地域に移した企業と徹底した自動生産化を図った企業がありました。後者では、高機能で低コスト化しつつあるマイクロ・エレクトロニクスを採り入れたオプト・メカトロニクスの活用によって、ほぼ完全に小径玉軸受の生産を自動化した工場を日本に新設した例があります。今後も、日本において転がり軸受の資本集約的な装置産業化が一層すすむものと考えられます。
 
●経営はCIMで
 次世代の軸受産業の特長の第4はCIMの活用です。
 
 コンピュータの能力拡大と急速な低コスト化によって、それを企業経営のあらゆる場面で、効率的に使うことが可能になってきました。それが、最近のCIM(コンピュータ統合生産)として実用の段階になっています。
 
 転がり軸受産業の中でも、設計、生産、流通、販売まで含めた全社的な総合情報システムを構築し始め、現在では経営判断に不可欠な現場の生産情報をコンピュータによる全社共有のデータベースとして、しかもオンラインで一元的に集約できるシステムを運用している例があります。
 
 これによって、技術、営業、工場、支社、本社の間で正確な情報の交流が可能になり、品質・コスト・納期の向上と経営層の機動的な意志決定が現実のものになって運用されています。
 
 さらに、このシステムは国内だけでなく、海外の販売、技術、生産、流通の拠点と日本にある本社との間の情報結合も、衛星通信を通じて実現しています。
 
 いま、全世界にある支社および工場を含めた企業経営のすべては、CIMの活用によって、まさにボーダレスの時代を迎えつつある。
「参考文献」
  1)角田和雄:精密工学の分野でどのように変化が進んでいるか−ベアリング産業、精密工学会誌、56-1 (1990) 18/19.
「出典」
ベアリングQ&A 月刊トライボロジ1992.1 P74-75
 
 

 
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